第4話 不穏な空気
今日も平和で賑やかなトレイユの冒険者ギルド。に、なるはずだった。
とあるパーティの来訪で、平和は打ち砕かれた。
「えー、ここのギルドちっちゃぁい」
一歩踏み入って早々に甲高い猫なで声は不満を漏らす。ピリッと受付カウンター内の空気が強張った。
少女は背中を覆う亜麻色の髪をなびかせながら、ヒールを鳴らしてギルドの中を歩く。一緒にいた鎧を身にまとっている、こげ茶色の髪の男もぐるりと建物の中を見回した。
「王都に比べりゃどこだって小さいだろ」
「依頼もロクなもんねーな」
掲示板を見ながら剣士風の金髪の男が小馬鹿にしたように言う。
不満ばかりを漏らす彼らの顔を誰も知らない。初めてこの町に来たパーティである。
鬱陶しそうに彼らを見ていたのはサイモンだった。金色の瞳が苛立ちを見せる。サイモンだけでなく、オリバーとフィリエルも不快そうな顔をしていた。黙って表情を変えないのはコーネルだけだ。
『蒼天の翼』は昨日の夜に報告した依頼の精算を待っている。今日受ける依頼はもう決まり、手続きは済ませていた。ギルドの隅にある椅子に座り、特に雑談することもなく静かにしている。
「『蒼天の翼』様、お待たせして申し訳ございません」
ギルドの男性職員がパタパタと走ってくる。人の好い笑顔でオリバーが彼を見た。
「いえ、大丈夫ですよ」
お金の入った袋を受け取り、テーブルの中央に置いた。
それからメンバー全員で金額のチェックをする。『蒼天の翼』が精算する時のお決まりの光景だ。手慣れた様子でオリバーとサイモンが紙幣をめくり、コーネルとフィリエルが硬貨を数えていく。
最後に数えた分を順番に言い合い、全員で合計して金額を確認した。もちろん、報酬の金額と一致する。
「ありがとうございました」
オリバーが見守っていた男性職員に会釈をする。
彼らが引き受けた依頼に向かおうとした時、猫なで声が聞こえてきた。サイモンの顔が露骨に歪む。
「えぇ~、お兄さんたちが最年少Aランクパーティ『蒼天の翼』なんですかぁ~?」
少女は一番近くにいたフィリエルの腕に絡みついた。身体のラインがわかる服装に太ももが露わになる短いスカートで、すり寄ってくる。フィリエルの腕にグイッと胸を近づけた。彼女の表情が無になる。
「私ぃ、Cランクのクラリスって言います~」
「お嬢さん、私たちはこれから依頼に行くから」
「えぇ~、少しくらいお話ししてもいいじゃないですかぁ」
フィリエルが放すよう促すが、クラリスと名乗った少女は放そうとしない。しびれを切らしたフィリエルは彼女の手をできるだけ優しくつかんで腕から引きはがした。
「私たち、忙しいから。ね」
有無を言わさぬ笑顔の圧に、クラリスは少しだけ怖気づいたようだ。無言で頷いて一歩下がる。その隙をついて『蒼天の翼』はギルドを出た。
「とんでもないのがやってきたな」
フィリエルが肩を落とす。まったくだ、とオリバーも頷いた。
「気を付けろ。あいつ精神操作系の魔法使ってたぞ」
サイモンが小声で言った。他の三人は揃ってギョッとする。
他人に正当な理由なく精神操作系の魔法を使うことは、この国では禁止されているのだ。冒険者であろうと、この国にいる限りはその法律に従わなくてはならない。
「でも弱い。同性には効かないし、俺たちくらいなら影響は受けねーよ」
「私たちはよくても他の人がどうなるか」
サイモンの解説にフィリエルが心配の声を上げた。
その心配は、すぐに現実のものとなった。
男性冒険者のほとんどがクラリス贔屓になり、ギルドの男性職員にもそれが顕著に現れる人もいた。男女混合パーティは喧嘩が多くなり、解散にまで発展するところもあった。
町の男性もクラリスの虜になっているらしい。お店ではサービスと言ってほぼ無料で飲み食いをし、男性からプレゼントを受け取る。
彼女が原因で喧嘩別れするカップルも急増し、ギルドに苦情まで来るようになった。
ギルドマスターが口頭で注意をしたが「ごめんなさい。私が可愛いせいで……」と、涙ながらに言うだけだったそうだ。
トレイユの町がそんなことになっているとはつゆ知らず、カイルたちは護衛の仕事で別の町まで来ていた。依頼主を無事に送り届け、明日帰ることにしている。
暇つぶしに、とカイルは街を回っていた。その中で、紅茶を取り扱っている店を見つけた。
喫茶店でのフィリエルの姿が頭に浮かぶ。穏やかで綺麗な笑顔。カイルはハッとして頭を横に振る。
(何であいつが出てくるんだよ!)
その頬が赤くなっているが、気づく者はいない。
カイルはコーヒーをおごってもらったな、と思い直し、店へと足を踏み入れた。好みは聞いていないが、飲んでいた紅茶からするとフレーバーティーが好きなのかもしれない。
店員におススメを聞いて購入した。
珍しくお土産を買っている彼を見て、エルヴィスが首を傾げた。
「なんか買ったのか?」
「おー」
カイルはこれと言って明確な答えを返さない。ギルも不思議そうにはしたが、特に追及はしなかった。買い物くらい、彼だってすることはある。
彼らは依頼を終えて、トレイユに帰って来た。ギルドに依頼完了の報告をする。幸い、クラリスたちはいなかったので絡まれることはなかった。
運よく『蒼天の翼』も皆で精算をしているところだった。お金を数え終わり、袋に詰めている。
「フィリエル」
カイルが近づいて声をかけると、三拍ほど置いてからフィリエルが顔を向けた。ちょっと驚いた表情だ。反応が遅すぎる彼女にカイルは呆れた声を出す。
「なんで名前呼ばれてそんな遅ぇんだよ」
「いや、呼ばれ慣れてなくて」
ポリポリとフィリエルは首をかいた。カイルは無造作に紅茶が入った紙袋を差し出す。フィリエルは反射的にそれを受け取った。
「どうしたの?」
「この前のコーヒー代」
「え、そんなの気にしなくてよかったのに」
カイルの言葉にフィリエルは焦った。そんなつもりでコーヒーを奢ったわけではない。しかし、貰ったものを返すわけにもいかない。
「ありがとう。大事に飲ませてもらうよ」
ニコッとフィリエルが穏やかにそれでいて、嬉しそうに微笑んだ。カイルは気恥ずかしそうに目を逸らす。
それぞれのパーティは「おや?」と顔を見合わせた。
お読みいただきありがとうございます。
ちょびっとずつ、二人の距離が縮まります。本当にちょびっとずつ。
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