98 三つ巴の協定
下町では有数の高級レストランを貸切にした。貴族が通うレストランとは比べ物にならなくても、平民の憧れであり、裕福な商人たちが通う食事処だった。
そこに集められたのは、3つのマフィアのボス。それぞれ三者三様の様相を呈する。
ノワールローズは、ボスのヴィクターを中心に、男女問わず多くの構成員を引き連れて数で圧倒する。
グレイウルフからは、ボスのグレンひとりだけ。知的な雰囲気で口だけで圧倒しそうなのを、わかりやすく膨らんだ胸ポケットで、口だけではないことを示す。
シャドウドラゴンは、相変わらず異国風の衣装に身を包んだシャルカが、美形の男性たちをそばに侍らせて、妖艶な雰囲気を醸し出す。
その3人に囲まれて、リディアは微笑んだ。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
怯える必要はなかった。
「皆さんとランチを楽しみたいと思って招待させていただきました。ぜひお楽しみください」
明らかに楽しめる空間ではない。グレイウルフは常にノワールローズを敵視しているし、ノワールローズはそれを気にかけてもいない。シャドウドラゴンにいたっては、他2つとは毛色の違うマフィアだ。
この3人が仲良く食卓を囲むなんて、まずありえなかった。
「まず、話をしてもらいましょうか」
そう口を開いたのは、グレンだった。
「この空気の中、せっかくのお料理を楽しめるとは思えませんから」
その目は、しっかりとヴィクターを睨んでいた。
「そうですわね」
リディアは姿勢を正す。
「では、本題に入ります」
そして、3人の顔を順に見た。
「皆さん、仲良くしませんか?」
それは、幼稚な言葉だった。
「協力するんです。この3つの組織が手を取れば、歯向かう者もいないでしょう」
「話にならない」
グレンが言い捨てた。
「そんなくだらないことなら、お先に失礼しますよ」
「あら、よろしいんですか?」
さっそく席を立とうとするグレンは、
「楽しいお話はこれからなのに」
リディアのその言葉に、眉を寄せる。
「お互いに縄張りを決めて、それを侵さなければ抗争を行わない。これを約束していただければ、国から補助金が出ます」
その瞬間、張り詰めた空気に、わずかな揺らぎができた。
「皆さんがアンダーグラウンドを取り仕切ってくれる報酬ですわ。安くはない額だとお約束します」
「……バカな」
グレンがこぼす。
「国がマフィアに金を出すなんて、ありえない」
「もちろん、犯罪をしないことが前提です。犯罪をすれば罰金があります」
ただの甘い約束ではないことを、しっかり提示する。
「マフィアに犯罪をするなと?」
「そんなことをしなくてもやっていける。そうでしょう? ヴィクターさん」
リディアが視線を向けた先は、顔色ひとつ変えないヴィクター。ノワールローズは正統派マフィアだが、構成員の多くが犯罪をしていない。それでも成り立っている組織だ。
「裏社会に国は関われない。それは今までと変わりません。だから、皆さんのお力をお借りしたいんです」
憲兵をはじめ国の手が届かない場所。彼らはその頂点に位置する存在だ。
「リリーは相変わらずおもしろいわね」
シャルカが笑った。
「わたしはかまわなくてよ。わたしたちの商品も、お国の方々なら高値で買ってくれそうだもの」
「もちろん。お約束しますわ」
元々犯罪ではなく情報でお金を稼いでいたシャドウドラゴンは、あっさり引き受けてくれる。
しかし、他2つは違う。簡単に答えを出せるわけがないと、双方とも黙り込む。
「犯罪はどうしたってなくなりません」
だから、リディアはさらに口を開いた。
「正義の裏にあるのは、悪ではなく、また別の正義です。その裏の正義のために、皆さんに働いてほしいと思います」
それからまたしばらく、沈黙の時間。
「……いくらだ」
その静寂を破ったのは、ヴィクターの低い声だった。
「国からの報酬は」
それを受けて、リディアは紙を差し出す。
「こちらです」
上質な紙に書かれた数字。それは、リディアがジュリアンにお願いして書いてもらったものだった。
その額を、ヴィクターはじっと見つめていた。
「足りませんか?」
マフィアが稼ぐのとどちらが多いだろう。リディアの推測で立てた額のため、少しだけ不安になった。しかし、その不安は表には出ない。
「わかった」
ヴィクターが頷いた。
「引き受ける」
「ありがとうございます。ヴィクターさんならおわかりいただけると思っていました」
彼らが認めてくれれば早い。グレンも苦い顔をしながら、
「わかりました。引き受けます」
と頷いた。
「ありがとうございます」
3人の意見が揃ったところで、リディアは冷静にお礼を告げる。
「犯罪を全くするな、というわけではありません」
紙の束をまとめながら、リディアは言う。
「それが治安を守るために必要であれば、隠蔽することもできます」
その視線は誰にも向いていない。しかし、3人の視線を集める。
「まるで国の決定権を持っているようなことを言いますね」
グレンが口を開いた。
「何者なんですか」
「……ふふ」
その言葉に、リディアは意味深に微笑む。
「ただの商人ですわ」
本当のことは言わない。それが彼らの疑念を招いたとしても。
リディアが何度も言っているおかげで、グレンは呆れたように笑みをこぼし、それ以上は探ってこなかった。




