97 変わらないもの
その日、下町に出た。赤いローブに黒髪のリリーの姿は、リディアに勇気をくれた。
「ガレン」
いつものように門まで迎えに来たガレンに、リディアは微笑みかける。
「似合ってる?」
「何言ってんだ。リリーはリリーだろ」
ガレンはあっさり言い放った。
ガレンにとって、この姿が本物。リディアの姿で会ったのは一度だけで、そちらの方がイレギュラーだろう。
だから、嬉しかった。ガレンがリディアを心配する人じゃなくて。
「ありがとう」
そう言って、ガレンの頭に手を伸ばす。柔らかい髪を撫でると、
「何かあったのか?」
不思議そうな彼に、リディアはまた笑う。
「わたし、やめないわよ」
その言葉に、ガレンの目が丸く見開かれる。
「リオにも話しておかなきゃ。ガレンの家に行ってもいいかしら」
「あ、あぁ」
戸惑うガレンに、リディアは笑って歩き出す。
誰にも聞かれない場所。そして、ガレンとリオ、今はノエルも一緒に暮らすその家で、木の椅子に座る。
「ノエル、ここは住みやすい?」
「お屋敷に比べたら全然」
「おい」
ノエルの返答に、ガレンが口を挟む。
「でも、楽」
地下室という誰も来ない場所を与えてはいたが、貴族嫌いの彼は居心地がいいはずがない。武器を作るのを隠さなくていい空間というのは、やはり楽しいのだろう。
「それならよかった」
それを聞いて、リディアは微笑んだ。
「3人で暮らすなら、もっと広い家を買ってあげるわよ」
「それは考えてる」
リディアの言葉に、ガレンが答える。
「でも、リリーに頼ることはないと思う。俺1人だけでもかなり貯金してるし、ノエルとリオからちょっとずつもらえれば、いい家が買えそうだ」
「そう」
その言葉を信頼して任せるのも、リディアの仕事。不自由のない暮らしをしてほしいと思うものの、それはリディアの力であってはいけないのだから。
「リオは、……聞かなくてもいいみたいね」
リオの寝癖を軽く手で押えてあげる。
「身だしなみはちゃんとしなさい。清潔感があるだけで、質の悪い顧客が来ないようになるのよ」
「寝起きに来るほうが悪いんだよ」
さっきまで寝ていたのに、と文句を言うリオに、リディアはくすくすと笑う。そして、ガレンを見た。
「前に言ったこと、返事を聞いてもいい?」
リディアの瞳に、ガレンの真剣な顔が映った。
「冒険者を辞めてもいいって。わたしの専属になってもいいって。今でもそう思ってる?」
「あぁ」
迷いはなかった。
「惰性で選んだ仕事より、こっちの方がやりがいがある」
「危険な仕事よ。恨まれて襲われたり、殺されることだってあるかもしれないわ」
「これでも腕には自信があるんだぜ」
「そうだったわね」
冒険者として、そして傭兵の仕事も受けていたガレンにとって、対人格闘は自信があるはず。
「じゃあ、お願いするわ」
だから、リディアは言った。
「続けられるのか?」
ガレンが聞いた。噂が流れているのだろうか。それとも、ガレン独自の情報網で知っているのだろうか。
「問題ないわ。彼にも許可をもらったの」
誰から、という名前は必要ない。
「ガレン、冒険者を辞めて、わたしについてきて」
「わかった」
迷いのない返答に、リディアは微笑む。
「わたしは下町に出てこられる頻度が減るかもしれない。名前だけになるかもしれないわ。でも、ガレンがいれば大丈夫でしょう。ブラックリリーの窓口として、今までと同じことをすればいいだけ。マフィアに売りに行ってもらうことはあるかもしれないけど」
「さすがにリディアを見てれば勉強できたからな。なんとかやってみる」
「新作を売る時は、できるだけわたしが行けるように調整するわ」
「助かる」
ガレンに指示を終え、次はノエルを見る。
「ノエル、あなたには、今まで通り武器を作り続けてほしいの」
彼の瞳に宿る輝きは、初めて会った頃とは比べ物にならない。
「マフィアにも売りたいし、欲を言えばもっと販路を広げたい。そのために、あなたの力が必要よ」
「わかった」
返事に迷いはなかった。
「今までみたいに武器ばかりじゃなくてもいいわ。他の商品を開発するのも任せられそうだもの」
「ちょうどよかった。やってみたいものがあったんだ」
アッシュラインを始めとする武器ばかりじゃない。銃の形をしていない武器も、きっと彼は作り出せる。だからこそ、手元に置いておきたい。
「リオ」
最後に、リオに視線を向ける。
「これからも、いい情報をお願いできる?」
「もちろん!」
リオは、任せてよ、と頷いた。
「それと、ノエルに字を教わりなさい」
「え?」
「読み書きは必要なの。本当なら学校に通ってほしいけど、嫌でしょう?」
「嫌だね。情報屋は暇じゃないんだ」
「だから、空いた時間でいいわ。夜寝る前に少しだけでもいいから、字の勉強をしなさい」
「……それが、ボクに対する命令?」
「えぇ」
命令、なんてそんな厳しい言葉にするつもりはなかった。でも彼がそう受け取ったなら、と否定はしなかった。
「わかったよ」
読み書きはできなくても困らない。だからこの国の識字率は上がらない。でも、商売をしていれば、必要になる時が必ず来る。その時に、後悔してほしくない。
「わたしね、公爵夫人になるの」
リディアはそう言った。
「ただの貴族とは違う。公の仕事も増えるし、こうして自由に出歩くこともできないかもしれない」
一貴族の令嬢だった時とは比べ物にならないくらいの仕事量になるという想像は簡単にできる。
「でも、ブラックリリーを辞めたくない。リリーという名前を捨てたくないの」
それが、リディアの一番の願いだった。
「だから、みんなに協力してほしくて」
リディアひとりではできない。リディアが動けない間、彼らがブラックリリーとしての権威を維持してくれるからこそ、続けることができる。
「言われなくても」
リオが答えた。
「ありがとう」
だから、リディアは笑った。
「じゃあ、そろそろ行かないと」
そう言って、リディアは立ち上がる。ガレンも準備した。
「マフィアと商談だっけ」
「えぇ。3つのマフィアを集めたの」
「すごいことするよね」
それを聞いたリオが呆れたように笑う。
「必要なことだもの」
リディアはそう微笑んだ。




