92 月光と弾丸
青白く光る魔法陣と、それに向き合う横顔。
少年だ、なんてずっと思っていたが、すっかり大人の体格の彼は、まさに職人の目つきだった。
「ノエル」
そんな彼に、リディアは呼びかけた。
額に浮かんだ汗を拭いながら、彼は顔をあげる。
「ここにあるもの、自由に使っていいわ」
地下室に並べられた、たくさんの武器たち。アッシュラインやファントムシェルだけではない。暗殺用のミラージュももれなく並べられている。
「そう言ったら、何を使う?」
その問いに、ノエルは何も答えず、アッシュラインを手に取る。
「今でも貴族が嫌い?」
彼を仲間に入れた時。ノエルの答えに、迷いなかった。『大嫌いだ』と。
しかし、今、ノエルは答えなかった。
「貴族を殺したいと思う?」
リディアの問いに、
「……大罪だぞ」
ノエルが小さな声で答える。
「貴族殺しは、極刑だ」
「あの時と同じことを言うのね」
あの日、リディアが提案した時も、彼は戸惑っていた。
「あなたの怒りは、正当なものよ」
母親を無理やり手篭めにして妊娠させ、その子を後継者にすると言って教育させたうえに、正妻の子ができれば母親と子どもを捨てた。
そんな環境で育ったノエルにとって、貴族は、到底許せる存在ではなかったはず。
「今なら守ってあげられるわ」
ノエルを貴族殺しとして捕らえさせることはしない。ジュリアンが黙認してくれるし、必要であれば証拠も消してくれるだろう。
「前も、そうだったな」
ノエルが言った。
「手を下す必要はない。道を整えるだけだ、って。リリーは言った」
「……えぇ」
「でも、こうやってオレに手を下すチャンスを持ってくる」
「だって、直接殺してやりたいと思うもの。わたしならね」
家族を不幸にした人を許せない。それが、リディアとノエルの共通認識だった。
「オレは、お前の役に立てたか?」
ノエルの瞳の奥が、ゆらりと揺れる。
「貴族を壊せるものを、作れたか?」
誰かに許しを乞うように。
「えぇ」
だから、リディアが答えた。
「あなたが作った武器は、多くの人を壊したわ。平民も、貴族も」
中には命を落としたものもいるかもしれない。その事実から目を背けてはいけない。
リディアはノエルの灰色の瞳を見て告げる。
ノエルは手に持ったアッシュラインに視線を落とした。
これで奪うのか。自分を不幸にたたき落とした人を。母親を泣かせた人を。自分の半身をわけた存在を。
「行ってくる」
リディアの瞳に向けられた瞳に、揺らぎはなかった。
「えぇ。いってらっしゃい」
リディアは笑顔で送り出した。
*
その日の夜、リディアは窓辺に座っていた。夜も更けているというのに窓は閉めず、空に浮かぶ白い月を眺める。
この静寂を突き破る銃声は、まだ聞こえてこない。ひとりの少年の悲鳴も、慟哭もない、静かな夜だった。
キイィ、と小さな音がした。
振り返ると、ドアが開いていた。そこに立つ姿に、
「入って」
と招き入れる。彼は扉を閉めて、リディアの前に立った。
そのだらんと垂れた手に握られた、アッシュライン。その銃口から、煙は出ていない。硝煙の匂いも、弾丸が飛び出たあともなかった。
「……できなかった」
彼の声が落ちた。
「オレには、無理だ」
「そう」
リディアはそう呟き、椅子から立ち上がる。彼の前に立ち、その手を包んだ。固く強ばっていたその手を温めて、アッシュラインを抜き取る。
「よくやったわ」
リディアの言葉に、ノエルが顔をあげる。その目には困惑があった。
「なに言ってるんだ。何もできなかったんだぞ」
「今回はね」
情けないと震える声に、リディアの声はしっかり返す。
「この2年、あなたはよくやったわ。あなたの作ったもので、わたしは助かった」
彼がいなければ、ブラックリリーとして影響力を持つようなことはできなかった。それだけは、確かな事実だ。
「心配しないで」
慣れた手つきでアッシュラインから抜き取った弾を、リディアは月にかざす。
「あの人たちの罪は許されない」
月光を受けて輝くそれを、ノエルが見上げた。
「国が正当に裁くわ」
そして振り返ったリディアは、その弾をノエルの手に落とした。
「手加減なんて、させない」
ノエルがゆっくりとそれを握る。
「ねぇ、ノエル。わたしの秘書にならない?」
「……は?」
「ちょうど有能な人を探してたの」
微笑む彼女に、ノエルは目を丸くする。
「ガレンに頼めよ」
「無理よ。裏社会に顔が知られてる人を公で雇えないわ」
そして、ノエルの目が細くなった。
「やめとくよ」
「あら、残念」
その言葉とは裏腹に、リディアの顔は少しも残念そうではなくて。
「オレ、辞表出すから」
読書係として雇ってくれたこの屋敷に、だろう。
「オレにはやっぱり武器職人があってる」
「そう」
読書係としての役目はもうおしまい。このお屋敷からも出ていってしまう。それでも、リディアは泣かなかった。
「それなら、またあなたを雇うわ」
あっさり言い放つその言葉に、ノエルは驚いて、しかし次には細める。
「今度は何を企んでるんだ?」
その苦笑いに、リディアも微笑んだ。
「まだ教えない」
月を見上げて、彼女は微笑む。
「うまくいくかもわからない。ただ、やってみようと思って」
このテラスから母に突き落とされた時。きっと、リディアの人生は変わった。
「ノエル、またついてきてくれる?」
振り返ることもなく、リディアはそう尋ねる。
「理由と条件によるな」
ノエルは簡単には頷かない。それでこそノエルなのだ。
リディアは月に柔らかい微笑みを向けた。




