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9 裏社会への胎動


「お兄様、かわいそうな孤児を引き取りたいのですが」

 リディアは兄の執務室を訪れた。


「孤児?」

 兄はそれだけで眉を寄せる。


「えぇ。貴族に狙われているんですって。かわいそうだと思いました。このお屋敷に置いておけば安全でしょう?」

「……なるほどね」


 貴族が孤児を引き取って下働きとして雇うのは不思議なことではない。「ノブレス・オブリージュ」という考え方だ。


「わかったよ。連れておいで。何ができるか見てからだ」

「ありがとうございます、お兄様」


 困った人を放っておけない兄の性格を、リディアは知っていた。この優しさこそが、いつか仇となるのだが。そうならないように、それを利用した。


「お父様にはわたしから確認しましょうか?」


 一応屋敷の人事権は、当主である父が優先。領地にいる父に別邸のほぼ全権を任されているとはいえ、兄なら必ず確認という段階を踏むと思った。


「いや、僕から聞いておくよ。反対はされないだろうから」

「わかりました。よろしくお願いいたします」


 リディアが頭を下げると、

「リディア、いいドレスは買えた?」

 兄がそんなことを言い出した。そういえば、そんな口実で外出したのだった。


「あまりいいものがなくて。次は違うお店に行ってみようと思います」

「そうか。リディアが気に入るものを探した方がいいね」

「はい」


 兄はその言葉を疑わなかった。家族に嘘をつくのは、もう何度目か。その度に感じる胸を刺すような小さな痛みは、もう気にしないようになっていた。


*


 いつもの赤いローブで、リディアは下町に出た。


「ノエルにも渡しておくわ」

 人目のない森の中は、昼間なのに薄暗かった。そんな中で、リディアは古代武器を渡す。


「なんだ、これ」

 独特な形の銃身を触る手は、まるで剣を見定める動きだった。


「古代武器よ。あなたにはこれを作ってもらうわ」

「俺にできるのか?」

「えぇ。魔力があれば誰にでもできるわ。魔法陣は描ける?」

「導魔液があれば」


 さらりと出た言葉に、リディアが驚いた。


「導魔液を知っているのね」

 魔法陣についての知識がなければ絶対に出てこない言葉のはずだ。

「……まぁ、昔本で見たことがあって」


 彼は視線を逸らしながら答えた。あまり深掘りされたくないらしい。きっと彼の出自と関係があるのだろう。


「文字が読めるの?」


 この国の識字率は決して高くない。貴族は読み書きができて当たり前だが、平民になれば読み書きができる人はごく稀になるはずだ。


「母さんに教わったからな」

 彼の中で、母親はきっと特別な存在なのだろう。読み書きを教えてくれて、魔法陣の知識を得られるような貴重な本を読める場所にいた、ということだ。


「そう。書くのは?」

「できる」


 できることが多いと、屋敷で雇う選択肢も増えてくる。読み書きができるなら、リディア専属の代筆係の書記見習いとして雇うのはどうだろう。


「すげぇな」

 それを聞いていたガレンが、意外そうにつぶやく。ノエルが鍛冶職人見習いをやめて数日、ガレンの家に一次的に身を寄せているからか、少しだけ打ち解けたような雰囲気だ。


「お前は書けないのか」

「うるせぇ。自分の名前と、ギルドの依頼書を読み取れるくらいの知識があればいいんだ」


 平民出身が多い冒険者は、それくらいができれば困らないくらいになっているのか。


「ノエル、わたしの屋敷で雇ってもいい?」

 リディアは尋ねた。


「あなたの貴族嫌いはわかっているわ。でも、わたしの近くにいてもらった方が、何かと便利なの」

「……別に、いい」

 ノエルはわずかな間を置いて、呟くように答えた。


「俺が貴族を殺せる武器を作るんだろ。そのためなら、貴族街に入るのくらい我慢する」

「そう。いい子ね」


 リディアが頭を撫でると、ノエルは

「子ども扱いするな」

 とその手を振り払った。


「じゃあ、家族に会わせたいから、今日このまま連れて行ってもいいかしら」

「あぁ」


 ノエルの了承を得て、リディアは貴族街に戻った。


「じゃあ、また連絡するわ」

「あぁ。ノエルも、またな」

「……ふん」


 ガレンとわかれ、門をくぐる。馬車に乗ると、リディアはローブを脱いだ。


「……」

 ノエルが目を丸くしていた。

「……リリー?」

 髪色が違うのは見慣れないのだろう。


「リディアよ」

 本名を教えた。

「……そっか」


 彼はそれ以上何も言わなかった。


「書記見習いになってもらうわ。字が書けるのなら、代筆もできるでしょう」

「まぁ」


 口数が少ないらしく、リディアの言葉にもほとんど頷くだけ。


「古代武器のことは、今後アッシュラインと言って」

「アッシュライン? そういう武器なのか?」


「本来は銃というらしいわ。でも、古代武器でも銃でも、人が聞いて怪しいとわかる言葉は避けたいの。商品名にもちょうどいいしね」


「商品、にするのか?」


 ノエルの声が驚いたように強張る。


「貴族には売らないわよ。今のところは」

「じゃあ誰に売るんだ」

「ギャングやマフィア。裏社会の人間ね」

「……は」


 この武器の活用方法を、リディアは探っていた。リディアの魔力では商品にするほどの量は作れなかった。でも、ノエルがいるなら別だ。


「だから、できるだけたくさん作ってほしいの。素材はガレンに集めてもらうから」

「わかった」


 裏社会に伝手を作っておく。父と兄の命を奪ったあのギャングたちは、きっと貴族に雇われていたから。リディアが裏から圧力をかけることで、貴族とのつながりをコントロールできると思った。


*


「書記見習い、ね」

 兄に紹介すると、

「わかった。代筆と読書係だね」

 と頷いてくれた。


「読書係ってなん、ですか」

 ノエルは敬語も知っていた。


「本を読んで聞かせる従者のこと。できるでしょう?」

「……わかりました」

 もちろん、これは表向き。本当にそんな仕事をするのは、きっと稀だろう。


「君はそれで大丈夫?」

「はい」


 兄の確認に、ノエルは頷いた。


「じゃあ正式に雇用しよう」

「ありがとうございます、お兄様」

 リディアが笑うと、兄も安心したように微笑んだ。小さな胸の痛みは、気づかないふりをした。


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