87 ラピスラズリとエメラルド
ジュリアンから外出に誘われた。共犯者である彼を無下にはできず、リディアは伯爵令嬢としてその誘いに応じた。
「お迎えにあがりました」
完璧なエスコートで現れた彼の手を取り、公爵家の馬車に乗る。伯爵家の馬車とは比べられないほど乗り心地のいい馬車だった。
「メアリウス子爵の件、どうなりましたか?」
馬車の中、柔らかいクッションが入った座席に座って、リディアは聞いた。
「まだ何も。薬物が使われている痕跡がないので、騎士団を派遣するわけにもいかず」
「そうですか」
やはり一朝一夕で事が進むほど、彼は馬鹿ではないということか。
あの大量の薬をどこかに売るか、そうでなくてと子爵個人が独占して使ってもいいとも思った。前世で家族を殺すよう命じた人間、そして今でも貴族の腐敗の根源である彼がどうなろうと、リディアには知らないことなのだ。
「リディア嬢、もうすぐ皇后陛下主催の舞踏会が開かれるそうですね」
ジュリアンからふられた話題は意外なものだった。ブラックリリーとしての相談だと思ったのに。
「えぇ。招待状をいただきました」
年に一度の貴族の大宴会。リディアは今回も参加する気でいた。
「当日、エスコートさせていただけませんか?」
ジュリアンはそう手を伸ばした。
「なぜですか?」
その手を取るか、リディアは迷った。
「会場でよからぬ事を企む輩もいるかもしれません。貴女を守らせてください」
「小公爵様に守られるほど、弱い女ではございません。小公爵様はそれをご存知でしょう」
リディアがいつもポケットに隠しているものを、彼が知らないはずはない。彼の前で銃口を向けたことさえあるのだから。
「貴女の目が必要なんです」
「え?」
それは意外な提案だった。
「私だけでは行き届かないところもあるでしょう。協力関係として、何かあれば私に伝えてほしいんです。そばにいれば、いつでも伝えられるでしょう」
合理的だと、リディアは思った。
「わかりました」
だから、彼の手を取った。それを受けて、彼は嬉しそうに微笑む。
「……お仕事、なのですよね?」
その笑みがあまりにも嬉しそうで、リディアはそう確認する。
「えぇ。お仕事です」
そう答える彼は、どう見ても「職務を全うする政治家」には見えなかった。
*
ブティックに連れてこられた。舞踏会で着るドレスを作るため、と。
「どのようなドレスになさいますか?」
デザイナーの問いに、
「……流行りのものを1着」
と適当に注文する。
「リディア嬢にはこちらが似合うかと」
それを隣からジュリアンが口を挟む。
「色はこの色で」
ジュリアンが全て決めていくなら、リディアが口を挟む必要はないではないか。
「パートナーですから、同じ色を着てもいいですか?」
「はい」
リディアはもう返事をするだけ。衣装の色を合わせるなんて、まるでパートナーのようではないか。いや、実際エスコートされるのだから、もうパートナーなのだが。ビジネスパートナーという範疇なのだろうか。
「リディア嬢」
ジュリアンの声がはっきり聞こえた。
「ラピスラズリのネックレスをプレゼントしても、いいですか?」
「……以前いただいたイヤリングがありますが」
「それは使えないのでしょう?」
確かに社交界で使う気はなかった。リリーとして使いすぎて、社交界で繋がってしまうかもしれないから。
「お任せします」
「ありがとうございます」
リディアの返答に、ジュリアンが嬉しそうに笑う。
「イヤリングも身につけてくださいますか?」
「はい」
もうどうにでもなれ。それが悪人を炙り出すために必要だというなら。
「エメラルドを私が身につけても、リディア嬢は不快ではありませんか?」
リディアの瞳の色。お互いの瞳の色の宝石なんて、まるでカップルではないか。
「……必要なこと、ですか?」
さすがにそう聞いてしまった。
「私のわがままです」
それは否定された。わがまま、なんて。
「……どうぞ」
リディアが折れて、彼はドレスに合わせる宝石まで注文してしまう。
なぜこんなにも嬉しそうなのだろう。ただ腐敗を炙り出すだけなのに。それ以上の意味があるのだろうか。
「リディア嬢」
顔をあげると、彼がラピスラズリのイヤリングを持ってリディアの耳にかざしていた。
「お似合いです」
「ありがとうございます」
こんな大きな宝石を身につける意味とは。
「これでお願いします」
「かしこまりました!」
大口の注文に嬉しそうな店主と、宝石を選ぶ嬉しそうな横顔。
「リディア嬢、どれがいいと思いますか?」
その笑顔に、心臓の奥がきゅっとなる。
この感情に気づいてはいけない。
『リュセール小公爵様はダメだよ』
こんな時に、兄の言葉を思い出す。リディアが苦労するから、と。そう言っていた兄は、小公爵と恋人のように衣装を合わせている妹の姿を見てどう思うのだろう。先に謝っておいた方がいいのだろうか。
そもそも、彼の家族はどう思うのか。家格も釣り合わない。伯爵位とはいえ、出世に興味のない当主と後継者だ。没落寸前という言葉がぴったり。
リディアの持参金でなんとかなるのだろうか。
「リディア嬢?」
ハッとした。彼と結ばれることを前提に考えてしまっていた。
「……なんでも」
彼は、リディアをどう思っているのか。気づいていながら、尋ねる勇気はない。この甘い時間は、すぐに終わりが来るのに。




