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86 魔女の罠


 貴族街にガレンを呼び、門の前で合流した。赤いローブと黒髪は、リディアではない姿。


「カジノに行くのか?」

 その姿を見て、ガレンはそう聞く。

「いいえ」


 貴族街をこの姿で歩くのは、カジノで薬を売った時以来。しかし、今日は違う。


「ついてきて」

 そう言って、リディアは歩き始める。

「メアリウス子爵、って覚えてる?」


「ブラッドハウンドと繋がってアッシュラインを買ってる貴族だろ」

「えぇ」

 いつだったかリオから報告を受けた時に、ガレンも一緒に聞いていたはずだ。


「この前のでブラッドハウンドが摘発されて、困ってるだろうと思って」

「別にそのお貴族サマだけじゃないんじゃないか? というか、リリーが貴族に武器を売るのか?」


 その言葉に、リディアはふふっと笑った。


 武器は売らない。それはノエルとの約束に反する。しかし、他に売れるものはあるのだ。


「まぁ、いいけどさ」

 リディアが説明しなくても、ガレンは言った。

「俺はリリーを守るのが役目だ」


「頼りにしてるわ」

 そう微笑んだリディアの耳には、あの青い光が輝いていた。


*


「ごきげんよう、メアリウス子爵様」

「まさかブラックリリーが来てくれるとはな」


 玄関でブラックリリーと名乗るだけで、あっさりと応接間に通された。彼がどれほどまでに望んでいたのか。


「わたしのお客様から聞きました。ツテをなくされて困っていると」

「あぁ。間抜けなやつらが捕まってしまったからな」


 犯罪者と繋がっておきながら、彼らを見下すこの男を、どうやって苦しませてやろうか。


「幸いリーダー格は逃げたらしいから私の情報は出ていないが、騎士団が攻めてきた時の準備くらいは」

「ひとつ、お聞きしたいのですが」

 彼の言葉を、リディアは遮った。


「子爵様は、今までどういったことをされてきたのですか?」

 彼の罪を吐かせること。しかし、彼はその言葉を、功績の証明と受け取ったらしい。


「それはもう、いろいろやったさ」

「いろいろ?」

 得意げなその顔に、リディアは微笑みを向ける。


「貴族とギャングを繋げたり、貴族の情報を裏に流したりな。おかげで犯罪者から借金するやつらも多い」


 貴族たちがギャングや犯罪者と繋がっていたのは、彼が仲介していたからなのか。腐敗の根本はここだった。


「あぁ、そうだ。気に入らない貴族を襲わせたりもしたな」

「……まぁ」

 その言葉に、リディアは目を細める。


「その方たちは、どうなったのですか?」

「そりゃもう、そこらへんの犬の餌さ」


 貴族なら国が墓地を用意してくれるが、国費は多くない。人や獣の墓荒らしも避けられないのだろう。


 大丈夫。リディアの家族のことではない。


 それでも、彼の口からそれが聞けて、よかった。


「子爵様からそのお言葉が聞けて、安心しました」

 そう言って、鞄から小箱を取り出した。

「こちら、子爵様に買っていただきたくて」


「……なんだ、アッシュラインではないのか」

 残念そうな彼に、

「それよりもっといいものですわ」

 と微笑む。


「とても甘いお薬です」

「……そういえば、カジノで配る女がいると聞いたな」


「それとはまた別ですわ。既に解毒薬が開発されたものを配っても、意味がないでしょう?」

「やっぱり、薬売りもブラックリリーだったか」


 下町でもカジノでも、リリーが「ブラックリリー」と名乗ったことはない。リディア自らそう名乗ったのは、この屋敷を訪れた時が初めて。


「しかしな、そんな危険な薬物に手を出すわけには」

「あら、新しいものに興味はありませんか?」


 確か彼の息子も、リディアがカジノで売ったエデンネクターに苦しめられていた。だから、それが安全なものであるとは思えない。


「これから流行りますよ。下級貴族も、上級貴族も、喉から手が出るほどほしがるでしょう。どんなに欲しても手に入らない彼らを見ながら浸る優越感。素敵なものだと思いませんか?」


 リディアも貴族である以上、貴族のツボをわかっていた。

「なるほどな」

 彼はふっと笑った。


「子爵様だけ、特別に半額でお譲りいたします。今回限りです。欲しい方が増えたら、他の方にも配らないといけませんから」


 子爵が小箱に手を伸ばす。その箱に入った小瓶は、わずか10個。すぐになくなってしまう。これが広まった時、彼が高額で他の貴族に売ることも考えれば。


「では、10箱もらおう」

「ありがとうございます」


 彼が単純な人でよかった。効果もわからない薬を、口車に乗せられて大量に買うような人でよかった。だからこそ、リディアの作戦は上手くいく。


*


「随分太っ腹だな」

 帰り道、ガレンが言った。


「半額にする必要はなかっただろう。お貴族サマなら金は持ってるんだ」

「貴族も、何にでもお金を使うわけではないわ。使い所は考えるし、できるだけ安く済ませようとするの」


 お金を持っているからと派手に使うのは、一発成功した商人くらいだろう。


「今回は大量に買ってもらうことが目的だったから。達成できたわ」

「ふぅん」


 深くは聞いてこない。察しているのか、知らなくてもいいと思っているのか。


 ガレンを下町に送り届けてローブを脱いだリディアは、馬車に乗り、その足でリュセール公爵家へ向かった。


『今後怪しい薬が見つかったら、メアリウス子爵家を捜索してほしい』と伝えるために。


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