84 采配
シャドウドラゴンの宿屋は、相変わらず派手な佇まいだった。その戸を叩くと、奥の部屋へ通される。
「よく来たわね、リリー」
異国の衣服を身に纏うシャルカが、妖艶に笑う。
「今日は何を持ってきてくれたのかしら」
「シャルカさんのお気に召すもの、ですわ」
リディアはそう答えて、異国風に造られた椅子に座る。
「取引をしませんか?」
リディアの笑みに、シャルカの瞳がキラリと輝く。
「あなたが持ってくる取引は、いつも楽しいわ」
「光栄です。今回は、いつもとは少し違いますわ」
「あら、何かしら」
楽しそうなシャルカに、リディアは
「ギャングの頭を潰して欲しくて」
と告げる。
「あら……」
シャルカは真意を確かめるようにリディアを見、そしてふっと笑う。
「冗談というわけではなさそうね」
「はい」
迷いはなかった。
「憲兵による一斉摘発が始まるという噂と関係はあるのかしら」
「さすがにお耳が早いですね」
情報に強いマフィアは、既に掴んでいるらしい。
「彼らもバカじゃないわ。既に噂は回っていて、準備をしているでしょう」
「ですが、まさかマフィアが攻撃するとは思っていない」
リディアが告げた言葉に、シャルカが静かに目を見開く。
「違いますか?」
その黒い瞳の中で、リディアは綺麗に微笑んだ。
「……そうね」
シャルカが答える。
「多くのギャングが、摘発を逃れるために画策するでしょう。憲兵を攻撃するならすればいいと思います」
「あなたの武器を持っているから、ギャングが勝つ、とでも?」
「勝敗に興味はありません。アッシュラインを売っていないチームもいますし、憲兵に捕えられる人数は少なくないでしょうから」
多くのギャングが逮捕される。訓練された憲兵を相手に、統率のないチームでは太刀打ちできないだろう。
「ですから、トップを押さえてほしいんです」
トップを失えば、ギャングたちをまとめる人間も失う。
「意外ね。彼らが捕まって、あなたになんの得があると言うの?」
「得は、ありませんね」
リディアが笑みをこぼす。
「ただ、困るんです。直接会ったことのある方もいらっしゃるものですから」
その笑みに、
「……なるほど。貴女を売られたら困るということね」
シャルカは納得した。
「捕まらないように逃がすだけではダメなの?」
「それでは、彼らは憲兵に売った人間を探すではないですか」
「……あなたが売ったの?」
信じられない、と目を丸くするシャルカに、リディアは答えなかった。
「まぁいいわ」
その無言を、シャルカは受け取る。
「でも、うちは武力には自信がないの。うちに依頼するより、他のお客様に依頼したらどうかしら」
シャドウドラゴンは武闘派ではない。それは知っている。
「もちろんそうするつもりですわ。ただ、彼らも彼らだけでは動けない。まずは情報を集めるはずです」
「わたしたちの出番ってことね」
リディアの顧客であるマフィアを協力させよう。そんな判断は、リディア以外の誰にもできないだろう。普段争ってばかりのチームが、簡単に手を取り合うわけがないのだから。
「お礼はしますわ」
「そうね。安くは済まないわよ」
「もちろんです」
どうなるだろう。3つのマフィアが手を取りあった時、彼らの敵となった人々にはどんな結末が待っているのだろう。
かつて家族を奪った人々に、情なんてものはなかった。
*
貴族街には騒音も知らせもなかった。数日後、再び下町に出たリディアは、ガレンの口からそれを聞いた。
「ギャングが摘発されたぞ」
「そう」
リディアは頷き、
「どうだった?」
と尋ねる。
「どうも何も……。そこら中で憲兵とギャングが暴れ回るし、市場は人っ子一人いないし、異常な光景だった」
裏社会と関わりのない平民たちは巻き込まれないように扉を閉ざしたのだろう。巻き込まれる人がいなくてよかった。
「マフィアは動いていた?」
「それより前にな。ギャングの拠点を襲ってトップだけを潰して回ったらしい。そのせいで憲兵とやり合う時は統率がなくてめちゃくちゃだ」
「そう」
上手くいったらしい。
「お礼をしに行かないとね」
「全部にか?」
「えぇ。武器も薬も、それにお金も、たくさん持ってきたわ」
何を言われても渡せるように。鞄をしっかり握って、リディアはまず酒場に向かった。
*
「ヴィクターさん、この度はお願いを聞いていただいて、ありがとうございました」
じゃらり、と鳴る麻袋を差し出すと、ヴィクターのそばに立っていた女性がそれを受け取る。
「お願い、か?」
「えぇ、お願いですわ。命じたわけでも脅したわけでもありませんもの。ヴィクターさん相手に、そんな恐ろしいことはできません」
あくまでも「お願い」という体を崩さない。彼らにとっては「聞かなければ武器を売らない」という脅迫に聞こえていたとしても。
「お礼に、今回のお取引は全て無料とさせていただきます。何がご入用ですか?」
「随分気前がいいな」
「おかげさまで貯蓄はありますので」
「在庫を消して足を洗うつもりでは?」
「まぁ、ご冗談を。ここまで割のいい仕事なんて、他にありませんわ」
突き刺さる視線に、リディアはコロコロと笑いながら鞄を開ける。
「完全無料が不安でしたら、ヴィクターさんのご希望の金額のみいただくこともできますよ」
「……ふん」
うさんくさい、とでも言いたいようだ。それがわかっていて、リディアは「うさんくさい笑み」を崩さない。
この場で隙を見せるわけにはいかないのだから。




