↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
83/100

83 表と裏の取引


 それから数日。屋敷に騎士団が来ることはなかった。

 もういつ捕まってもいいと思っていたのに。


 家族との穏やかな時間を過ごしながら、毎晩、これが最後かもしれないという恐怖の中で眠る。それが心をすり減らし、家族の前で笑顔を作れなくなり、泣き出すこともあった。


 家族は何も分からないのに、何も聞かず、抱きしめて慰めてくれた。その温もりに、また涙を零す。自分がやろうとしている最悪の親不孝を、謝罪することもできなかった。


*


「お嬢様」

 ノエルが本を持ってきた。


「お嬢様が好きそうな本を持って参りました」

「ありがとう」


 読書係として雇っている彼のこの行動を、誰も不審には思わない。本を開くと、そこには手紙が挟まっていた。


『話がしたい。君の仲間たちと一緒でいいから』

 その文字は、間違いなく彼のものだった。


「ガレンから」

 ノエルが小声で告げた。


 いつもの白紙ではなく、彼の字が書かれた手紙が、ガレンから送られてくる。その意味を、リディアは考える。


 もし、ガレンを人質に取っているという意味なら。そう考えて、ゾッとした。


「行くわ」

 ガレンにすぐに行くという旨の伝書魔法を飛ばし、準備をする。


「オレも」

 ノエルが珍しく同行を望んだ。


「ここにいた方が安全よ」

「別にいい」


 最近の彼は、少しおかしい。地下室にこもることもなく、意味もなくリディアの部屋を訪れては読書係を粛々とこなす。間違った行動ではないのだが、普段していなかったことだから不思議だった。


 準備を済ませたリディアが部屋を出ると、

「リディア、外出かい?」

 父と偶然会った。


「無理はしない方がいいよ」

 最近のリディアの不調を知っているせいか、父は心配そうな眼差しを向ける。


「少し、気分転換しようかと」

 リディアは微笑んだ。

「すぐに戻りますわ」

「そうか」


 リディアの返答に、父は疑わずに頷く。


「気をつけて」

「はい。行ってまいります、お父様」


 これが父の笑顔を見る最後の瞬間かもしれない。一瞬だけ、そんなことを考えてしまった。


「お父様」

 慌てて父に呼びかける。

「どうしたんだい?」


 父に手を伸ばし、その腕の中に収まる。


「愛しています」

「最近は甘えたがりだね、リディア」


 父はそう笑いながらリディアを抱きしめてくれる。


「散歩はやめて、一緒に読書でもするかい?」


 もしこれが罠だったら。ガレンを人質に、リディアをおびき出して捕らえるためだったら。そう考えていないわけではなかった。


 もしそうなら、ガレンの元にはいかず、父と最後の穏やかな時間を過ごした方がいい。


 それでも、リディアにとっては、父や兄と同様、ガレンやノエルたちも捨てられない仲間なのだ。


「いいえ」

 リディアはそっと父から離れた。


「帰ってきたら、お願いします」

「あぁ、わかったよ」

 そして馬車に乗った。


 下町へ向かう馬車の中で、ノエルはアッシュラインを取り出した。


「ノエル、なぜそれを持ってるの?」

 職人とはいえ、ノエルがこれを撃つ姿は想像できない。


「別に。オレが作ったものだ。持っててもおかしくないだろ」

「そう、ね」

 おかしくはない。でも、おかしい。いつもと違うから。


 もしかして、ガレンがいない間の護衛のつもりだろうか。いつ来るかわからない騎士団から、リディアを守っているのだろうか。


 もしそうなら、リディアは彼を止めなければいけない。


「撃たないでね」

 だから、リディアは言った。


「知ってるでしょう。その音、苦手なの」

「……あぁ」

 リディアのために撃たないでほしい。そう伝えた。


*


「リリー」

 下町に出ると、ガレンが駆け寄ってきた。


「ごめん。どうしてもリリーに会いたいって」

 彼の困ったような視線の先に、彼らがいた。

「捕まえないって約束させた。話がしたいだけだって」

「……そう」


 どこまで本当なのだろう。疑う気持ちの端に、信じたいという小さな気持ちが見え隠れする。


「場所を移動しましょう。ここでは目立ちすぎるわ。騎士団や憲兵を呼びやすい場所だし」


 信じられるはずがない。リリーにとって、彼らは敵だ。


 人通りの多い門を離れ、路地に入る。奥の奥。狭い路地の中で、リディアは振り返った。


「お話とは?」

 彼らは黙ってついてきていた。


「リディア嬢」

「リリーです」

 彼の言葉を遮る。


「……リリー」

 彼は素直に訂正した。

「なぜこんなことをしているのか、教えてもらえませんか?」


 質のいいガウンの下で、彼の青い瞳が細められる。


「なぜ、とは?」

 その苦しそうな表情を、リディアは冷静に見つめていた。


「君の家は、立場的には苦しいだろうが、こんなことをするほど困窮しているわけでもないはずです。もし生活に困っているようなら、国から支援金も出ます」

「……ふふ」


 小さくこぼれた笑みは、自虐的だった。


「お金のためと思われているなんて。屈辱ですね」

「違うのですか?」

「ありがたいことに武器は多く売れていますわ。最初の数回でお屋敷をふたつみっつ買えるくらいには」


 お金なんかじゃない。そんなものが目的なわけがない。


「許せないんです」

 リディアはそう告げた。

「当たり前のように不正をして、裏社会とつながって、人々を蹂躙する、貴族という存在が」


 その冷たい声に、彼の目が丸くなる。


「……貴族の腐敗を正したいのですか?」

「そんな高尚な理由ではありませんわ。ただ、わたしはわたしの大切な人を守りたいだけです」


 大切な人だけが守れればいい。それ以外がどうなろうと、リディアには知らないことだ。


「腐敗した貴族たちを排したいのであれば、私も協力できます」

 彼の申し出に、リディアはポケットに手を入れた。


 冷たい銃身をそっと撫で、取り出す。その銃口を、彼に向けた。


「違法武器です」

 動かない彼を前に、リディアは告げる。


「どの貴族も持っていない。犯罪者だけが持っているものです。憲兵に押収されるものでもあります」


「違法では、ありません」

 彼の答えは、意外なものだった。

「正式に違法化されているわけではないんです」


「……では、どうして憲兵が押収するのですか」

「合法ではないからです」


 合法でもなければ、違法でもない。中途半端な存在だ。


「では、わたしを捕らえる理由はありませんね」

「はい。捕らえる気もありません」


 迷いはなかった。ファントムシェルを下ろし、ポケットにしまう。


「あなたの目的を教えてください」

 彼が言った。


「貴族を壊すこと」

 リディアはそう答えた。


「全ての貴族を、ですか?」

「……」

 それには答えられなかった。なぜなら、貴族の中にはリディアの家族も入るのだから。


「協力させてくれませんか?」

 その迷いを感じ取ったかのように、彼が問う。

「貴女のやりたいことを、国としてバックアップします」


「……本気ですか?」

「はい」

 迷いのない返事に、リディアは正気を疑う。


「裏社会と繋がることを、国として認めると?」

「それが必要なら」

 彼は頷く。


「貴族の腐敗は由々しき問題です。貴女と協力することでこちらに利があるなら、協力する価値はあります」

 それは、情なんかではない。取引のような口調だった。


「ブラックリリーは犯罪者ですよ」

「先ほども言った通り、まだ、犯罪者ではありません」

「でも犯罪者と繋がっています」


「ギャングと繋がっている貴族もいるくらいです。その程度のことで、捕らえる理由にはなりません」

 彼の瞳に嘘はなかった。

「……それなら」

 リディアは賭けてみることにした。


「ひとつ、情報を流します。とある犯罪組織の情報です」


 彼らの力を借りれば、ブラックリリーが反感を買うことがない。


「その組織を、表の権力で潰してください」

「わかりました」

 彼は頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。