82 選んだ結末
「ノエル、これに武器を全部つめて」
リディアは地下室に鞄を持っていた。魔力で容量を増やした鞄は、祖父の遺品の中に大量に眠っていた。
「なんで」
「ガレンに渡すのよ」
「はぁ?」
「いいから。ノエルもついてきてね」
何が何だかわからないと言いながら、ノエルは言う通り鞄に武器を詰める。アッシュラインもファントムシェルも、今作られている全ての武器を。
「これでいいのか?」
「えぇ」
そして、ノエルを連れて屋敷を出た。
ガレンには何も言っていない。だから、いつもの門のところにガレンはいなかった。
「おい、せめてガレンを呼んでからにしろよ」
「時間がないの。いいから、来て」
「何をそんなに焦ってるんだ」
呆れるノエルを連れて、リディアは集合住宅を尋ねた。トントン、とノックすると、すぐに開く。
「リリー!」
ガレンが驚いていた。
「入れて」
「あ、あぁ……」
家に入ったリディアは、すぐに
「ノエル、鞄の中のものを全部出して」
と指示する。ガレンは魔力を持っていないため、魔力を使った鞄は使用できないから。
「何があったんだ」
「捕まるかもしれないから」
「は?」
リディアの返答に、ガレンが絶句する。
「大丈夫。自首はしないわ」
「じゃあ逃げろよ」
「無理よ」
「なんで」
詰め寄るガレンに、リディアは笑う。
「家族がいるもの」
その言葉に、ガレンはハッと黙った。
「わたしが罪を償わないと、家族が苦しむの」
「……そん、なの」
ガレンには家族がいない。だから、リディアの気持ちを理解することはできない。
「リオはいる?」
「あぁ。まだ寝てる」
「じゃああとで伝えて」
そう告げて、リディアはガレンを見る。
「わたしがいなくても、ブラックリリーは止まらない。ガレンがそう言ってくれたでしょう?」
「それはリリーが指示を出し続けるからであって」
「だから、今から指示を出すわ」
リディアがそう告げて、
「顧客は増やさなくていい。3つのマフィアからの収入だけでもガレンは暮らしていけるでしょう。リオやイレーヌさん、それにノエルへの報酬も忘れないでね」
口早に次々と指示を出していく。
「値段に迷ったらオークションに出して。ブラックリリーというブランドができたし、多少高くても買ってくれるわ」
ガレンが驚きで口を挟めない隙に。
「それと、ノエルも一緒に暮らして。あとでお金を渡すから、もっと広い家に引っ越してもいいわ。ノエルに工房を作ってあげたいの」
「リリー、待ってくれ」
ようやくガレンが止めた。
「なんで、そんな遺言みたいなことを言うんだ」
「死ぬかもしれないから」
リディアの返答に迷いはなかった。
「司法取引をしようと思ってるの」
「司法取引?」
「えぇ。本来は刑を軽くするためのものだけど、仲間を探らないことを条件にしようと思って。武器のレシピと交換してくれるかしら」
「リリー」
それを聞いて、ノエルが手を止める。
「大丈夫よ。教えるのは材料だけ。魔法陣を知らなければ生成できない。そうでしょう?」
「……あぁ」
貴族を壊すための武器。ノエルにとって、それは変わらない。だから、貴族に武器を渡すことは許さない。
「違法な武器を流通させた。それだけで、極刑の可能性だってあるもの」
詳しい刑は、リディアも知らない。捕まったことがないのだから。極刑でなくても、過酷な牢屋の環境でリディアが無事でいられるのかもわからない。
「復讐しようとは思わないでね」
貴族に刃を向けることは、違法武器の流通よりも重い罪だ。リディアが司法取引に応じる意味がなくなってしまう。
「引き時はガレンに任せるわ。もう十分稼いだと思ったら、レシピをマフィアに売ってしまえばいい。魔力を持つ人が構成員にいなければ、作ることはできないから。それはいいわよね、ノエル」
「貴族じゃないなら」
ノエルの了承を得て、リディアは微笑む。
「よろしくね、ガレン」
ガレンは終始呆然としていた。
「ノエルはどうする? 今日からここに住む? 工房を作るのにはまだ少し時間がかかると思うんだけど」
「いい。工房ができるまで、屋敷で待ってる」
「危ないわよ。あなたが捕まったら、武器が作れないわ」
「リリーが捕まる時に逃げればいいんだろ」
ノエルはあっさり言い放った。
「あっちに荷物も残してるんだ。それを運ぶ時間くらいはもらえるんだろ」
「そうね」
ノエルの言葉に、リディアは笑った。怖くはなかった。
*
屋敷に戻ったリディアは、机に向かってペンを持つ。
家族に手紙を残しておこうと思った。お人好しゆえに騙されやすい父にも、人に興味がないせいで勘違いされやすい兄にも。
でも、何から書いていいかわからない。
一番に伝えたいのは、「ごめんなさい」。その次に伝えるのはなんだろう。家族を悲しませてしまうこと。場合によっては苦労させてしまうこと。思い出を大切にしていることも伝えておきたい。忘れたわけではない、と。
その時、視界の端で青く輝くものが映った。
「……っ」
ラピスラズリの輝きは、いつもと変わらない。だからこそ、嫌だった。
これをくれた人。窮地を救ってくれた人。でも、この人さえいなければ。
暖炉のそばに歩み寄り、それを握った手を振りあげる。
しかし、投げられなかった。
力なく座り込んだ彼女の足元に、小さなシミができていた。




