73 重なる証拠
ブラックリリーが見つからない。ジュリアンは少し焦っていた。彼女が見つからなければ、好きな人に告白することもできないのだから。
憲兵が押収したという変わった形の武器たち。アッシュラインという貴族にも出回っている武器から派生したとはっきりわかる。それに、これを作るのに魔力が使われていることも、ジュリアンにはわかった。
誰が、どうやって作っているのか。ブラックリリーには魔力を持った人間がいるのか。魔力は貴族しか持たないはずなのに。
「まだブラックリリーは捕まえられないのか?」
エドガーに尋ねる。
「憲兵から報告はあがってきていませんね。リリーという名前の女性を全員捕まえるわけにはいかないでしょう」
よくある名前すぎて、名前だけでは調べられない。赤いローブに黒髪という情報だけは憲兵に流しているが、その条件にあった女性がいないらしい。
「似顔絵でも描きますか?」
エドガーがそう言った。
「顔がわかれば、憲兵たちも探しやすいでしょう」
「……そうか」
ブラックリリー本人と思われる女性にあったのは、ジュリアンとエドガーだけ。それも一度だけで、ローブで隠れていてはっきりとは覚えていない。
それでもできる限り頭の中に思い浮かべてみる。長く伸びた黒髪に、顔を隠すように深くかぶったローブ。その下から見えていたのは、色のない陶器のような肌。
「……緑」
ぽつりと呟いた。
「そうだ。緑色の瞳だった」
エメラルドのような瞳を、一瞬だけ見たことを思いだした。
「髪は染髪料で染められるだろうが、目の色は変えられないはずだ。手がかりになる」
「そうですね。憲兵に伝えておきます」
エドガーの答えに、ジュリアンは頷く。
「お前は? 何か覚えていることはないのか?」
あのカジノにはエドガーも連れて行っていた。彼もブラックリリーに会った人物だ。
「赤いローブの下に魔法陣が見えました」
「……は?」
「ちょうど頭上の部分。あれで髪色を変えているのでしょう」
そんなこと、ジュリアンは気づかなかった。目の前に座って同じ目線だったジュリアンと、後ろに立って少し目線が高かったエドガーで、見ているところが違ったのか。
「待ってくれ、エドガー。魔法を使えるのは貴族だけのはずだ」
「えぇ。ですから、ブラックリリーは貴族ではないかと」
貴族が犯罪者に武器を流している。それは、大犯罪だ。家門の没落どころでは済まない。場合によっては一家全て処刑ということもある。
「……ひどいな」
ジュリアンはつぶやいた。そんなことをする貴族がいるなんて、思いたくもなかった。
「ブラックリリーの足取りを追った者の言葉では、ブラックリリーの目撃情報は、貴族街とつながる門から始まり、その門で終わるそうです」
彼女が貴族であるという証拠が揃っていく。
「令嬢が、あんな武器を作って売っていると言うのか?」
「えぇ」
エドガーの言葉に感情はなかった。
「黒髪の令嬢はいませんので、ローブにかけた魔法陣で髪色を変えているはず。そして、緑色の瞳の令嬢も絞られます。その中で、リリーという愛称がつきそうな令嬢は」
嫌だ。考えたくない。思考がその候補を拒否する。
ジュリアンにはわかっていた。エドガーの言葉が行きつく先が。彼の側近としての腕は信頼しているし、彼の言葉が間違っていると思いたくなかった。
「リディア・アルセイン伯爵令嬢」
「違う!」
その瞬間、バンッと机を叩いていた。
「……失礼しました」
エドガーが静かに謝る。悪いとは微塵も思っていないような声色で。
「本名に通じる愛称を使っているとは限らない。本名にはつながらない偽名の可能性だってあるだろう」
「そうですね」
「それに、彼女の魔力は弱い。一緒に踊ったからわかるんだ」
アッシュラインの作り方は知らないが、流通速度を見るに、かなりの魔力を使っているはず。魔力が弱い彼女だけで作れるとは思えなかった。
「ジュリアン様がそう言われるのでしたら、そうなのでしょう」
エドガーはそう答えた。でも、その言葉に気持ちはこもっていない。
従者は主の言葉を否定しない。それはエドガーも一緒。でも、長く一緒にいるからわかる。この時のエドガーは、心の底から同意しているわけではない。
『素敵な殿方に興味を持っていただけるなんて、嬉しいわ』
そう微笑んだ、ブラックリリーの笑顔を覚えている。娼婦のような妖艶な微笑みだった。
『ありがとうございます』
ラピスラズリのイヤリングを渡した時の笑顔は、そんな妖艶なものではなかった。子どものように無邪気で、安心したような、それでいてそれを押し隠した、まさに令嬢として正解の微笑みだった。
違う。この2人が同一人物のはずはない。
「ブラックリリーがつけていたイヤリングも、ラピスラズリでしたね」
「エドガー!」
さらに追いつめてくる彼を、ジュリアンは止めた。
「彼女を侮辱するな」
「……失礼いたしました」
そんなはずはない。そう思いたいのに、彼女だという証拠だけが並べられる。
「お前の言葉は信用できない。赤いローブ、黒髪の女、とだけ憲兵に報告してくれ」
「貴族である可能性は?」
「……もし本当に貴族なら、憲兵には追えないだろう。言う必要はない」
「かしこまりました」
貴族だったら、ブラックリリーを追いつめるのはジュリアンだけ。だからこそ、彼女だと思いたくはなかった。




