72 足音
下町に出たリディアは、ガレンとともにリオの露店を訪ねた。青空の下、日傘もなく布を広げただけのスペースで、彼はいつものように店を開いていた。
「売上はどう?」
そう言いながら、リディアは彼に金貨を渡す。
「まぁまぁだね。リリーさんのおかげが大きいかな」
「それならよかったわ。ガレンと暮らしてるのよね。問題はない?」
リオの安全のため、ガレンと暮らすように指示をしてから、生活のことは聞いていなかった。生活に困るようなことはないはずだ。
「えー、ガレンのいびきがうるさいこと?」
「おい、いびきなんかかいてないだろ」
ガレンの反論に、リオはケラケラと笑う。本気で困っているわけではないらしい。
「こいつ、家にいる時はほとんど寝てるし、起きてる時は出歩いてるし、ほとんど一緒にいないんだぞ。これでいいのか?」
安全のためという理由で同居を指示したからか。
「別にいいわよ。制限したところで、リオは聞かないでしょう」
「よくわかってるね、リリーさん」
寝ている間という人間が最も無防備な時を守れるなら、それ以外を縛る気はなかった。
「最近のニュースは?」
「マフィアたちが武器を押収されてるのは知ってる?」
リディアの問いに、リオがあっさり答える。
「アッシュライン?」
「ううん。アッシュラインだけは大丈夫みたい」
貴族が持っているからか。利権が絡んでくるのが、腹立たしいところだ。
「他の武器かな。ファントムシェルとかシルバーグレイスとか。アッシュラインから派生した武器ばかりが憲兵に取られてるって聞いたよ」
ファントムシェルも押収対象になってしまったのか。リディアが持ち歩いているものだから、気をつけなければ。
「わかったわ。ありがとう」
ポケットに手を入れて、その冷たい銃身をなぞる。これが憲兵に見つかったら、逮捕されるのだろうか。今はマフィアも多く持っているし、ブラックリリー本人ではないと言い逃れができるのだろうか。
「憲兵がブラックリリーを探ってるっていう話は聞いてる?」
リディアはそう尋ねた。
「直接ブラックリリーという名前を出して聞き回ってるっていうのは聞かないかな。押収した武器や薬の出処を探ってるかもしれないけど」
まだ武器とブラックリリーが結びついていないのだろうか。
『君がブラックリリー?』
そう聞いてきた彼の瞳を覚えている。『個人的な調べ物』としてブラックリリーを探る彼が、きっと憲兵を指揮しているのだろう。だったら、繋がっていない方がおかしい。
「ガレンはどう? 冒険者たちから話を聞くこともあると思うけど」
「んー、冒険者にはアッシュラインしか売ってないからな。押収されたって話は聞いてない」
マフィアやギャング、そして彼らから武器を買っている犯罪者が対象か。おかしいことではない。
「憲兵がブラックリリーを探ってるのなら、一番にガレンのところに聞きに来るんじゃないの?」
リオが不思議そうに聞いた。
「ブラックリリーの窓口がガレンって、有名な話だよ。武器の素材を高額で買い取ったり、冒険者には直接売ったり。マフィアには弾を売ったりもしてるんでしょ?」
「まぁ、そうだな。けど、転売って言い訳できるようにはしてる」
「憲兵が信じるかなぁ」
傍から見れば、ガレンがブラックリリーの仲間として見られてもおかしくはない。もし憲兵がブラックリリーを捕まえようとしたら、ガレンが一番に捕まるのだろう。
「……もういいわ」
リディアは静かに告げた。
「リオ、ありがとう」
「どういたしまして」
その場を後にして、リディアは取引場所に向かう。
「リリー、どうかした?」
「なんでも」
もう少し、もう少しだけ考えたい。ガレンやリオを逃がす術はあるのだろうか。2人が捕まったら、きっとリディアのことは話さない。ガレンなんて、自分が主犯と言い張ってリディアを庇うくらいのことはしそうだ。だからこそ、彼らが捕えられるわけにはいかない。
*
「ごきげんよう、ヴィクターさん」
いつもの酒場で、リディアは笑みを浮かべる。
「本日のご注文は?」
「ノクターンとミラージュ」
「かしこまりました」
ノワールローズはかなりの量を売っているが、やっぱり押収されたのだろうか。
「憲兵が来た」
ハッとした。
「武器を押収されたやつもいる」
責められているのだろうか。違う。では、心配されているのか。それも違う。
「……まぁ」
リディアはそっと微笑んだ。
「マフィアの方々は大変ですね。憲兵にも睨まれるのですから」
その上品な笑みを、ヴィクターがじっと見つめる。
「わたしとしては、押収されてもかまいませんが。買い足していただけるのですから」
「……探られていても?」
「少しも怖くありませんわ。ですから、ご安心ください。憲兵に武器を押収されても、追加でのご購入ができますので」
あくまでも商機を狙う商人のように。リリーが捕まることがなければ、マフィアにはいくらでも売れると、自信たっぷりに微笑む。
「もし何かあれば、ヴィクターさんを頼りますわ。その時は、守っていただけますか?」
ノワールローズとしても、リリーが捕まれば困るはずだ。武器を売る人がいなくなるのだから。だから、これはまだ対等な商人と顧客の関係だった。
「あぁ」
ヴィクターは頷いた。
「ありがとうございます」
大丈夫。まだ大丈夫。そう言い聞かせることで、リディアは笑みを保っていた。
*
「これ、あげるわ」
取引を終えたリディアは、今日の売上を全てガレンに渡した。
「なんで?」
ガレンはそう聞いた。いつもはそれぞれに振り分けるのに、と。
「逃走資金が必要でしょう」
リディアはそう返した。
「捕まりそうになったら、それで逃げて」
今のリディアにできるのは、これくらい。万が一捕まった時の保釈金はリディアの貯金で賄えるし、捕まらないようにするお金も準備しておきたかった。
「捕まる気はしないんだけど」
「それでも。持ってて」
ガレンなら大丈夫。そう信じたい気持ちもあるが、万が一に備えたい。
「わかった」
リディアの真っ直ぐな視線を受けて、ガレンは頷いた。
「リリーは?」
「何?」
「捕まりそうになったら、逃げるんだよな?」
逃げる、か。家族を置いて逃げられるだろうか。それとも家族を連れていくのか。もしリディアが捕まれば、家門の没落は免れないだろうし、父や兄に嫌疑がかかるかもしれない。そうなるくらいなら、捕まらない方がいい。
「そうね」
そう答えた言葉は、現実味がなくぽっかり浮いているようだった。




