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71 届かない言葉


「お母様、お茶会は今日でしたよね!」

 妹が元気に飛び跳ねる。

「落ち着きない、エステル」


 それを母は静かに制して、

「そうですよ」

 と答えた。


「リディア姉様もいらっしゃるのですよね?」

「えぇ」


「お茶会の後、わたくしのお部屋に連れてきてください! わたくしも、リディア姉様とお喋りしたいです!」


 彼の妹はまだデビュタント前。非公式のお茶会とはいえ社交という場に顔を出すことはできない子供だ。


「お誘いはしてみますが、無理強いはできませんからね」

「やったぁ!」

 喜びを体いっぱい使って表現する様子は、とても社交界に出せる姿ではなかった。


「ドレスの準備をしなきゃ!」


 そう言って部屋を飛び出す妹を見送り、

「母上」

 静かになった室内で、ジュリアンは母に呼びかけた。


「私も、リディア嬢にご挨拶に伺ってもかまいませんか?」

「えぇ」


 母は特別な反応もなく頷いた。ジュリアンが彼女へ求婚する許可を父に求めていることは知っているはずなのに。母の方から何も言われないことが不安だった。


「母上は、どう思っていますか?」

 だから、聞いた。


「彼女のことは、母上もご存知でしょう」

「私の意見がないと、あなたは動けないのですか?」


 ティーカップをソーサーに置いて、母はそう言った。


「私が、あの子は無理だ、諦めなさいと言ったら、あなたは諦めるのですか?」

「……いえ、諦めません」


「そうでしょうね。一度決めたことは曲げないあなたの性格は、昔からよく知っていますから」

 母の言葉は、見透かされているようでどこか恥ずかしい。


「今、あなたが1番大事にしたいものを忘れないようにしなさい」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味です」


 母の言葉の意味がわからなかった。


「普通の令嬢は、殿方のお仕事に興味はありません。お仕事に精を出して成果を残したとしても、毎日手紙のやり取りをして、適度に会って親睦を深めた人には勝てませんよ」


 顔に熱が集まる。まさか母に恋の指南をされるとは。


「手紙のやり取りはしてます」

「そう。それなら、彼女が振り向いてくれるといいですね」


 まるで母は答えをわかっているように。今のジュリアンに彼女を振り向かせるのは無理だと言われているようだった。


*


「リディア姉様!」

 お茶会が終わる頃、廊下を歩いていたジュリアンの耳に、妹の元気な声が聞こえてきた。


「ご無沙汰しております、エステル様」

 それに答えるのは、静かで落ち着いた声。


「お母様にお願いしたんです。お茶会の後でいいから、リディア姉様とお話させてって!」

「光栄です。わたしも、エステル様とお話したいですわ」


 妹の笑顔を前に、彼女は優しい微笑みをしていた。まるで女神のようだ、なんて考えて、ハッとする。

 そうだ。妹に取られてはいけない。


「エステル、リディア嬢を困らせちゃいけないよ」

 優しく、穏やかに。彼女の隣に立つのにふさわしい笑みを浮かべて、ジュリアンが歩み寄る。

「リディア嬢、お久しぶりです」


「ご無沙汰しております、小公爵様」

 一瞬だけ、彼女の笑みが曇った気がした。


「お仕事がお忙しいと聞きました」

 自分を気遣ってくれる彼女の優しさに感動しながら、

「あぁ……まぁ、そうでもありませんよ。個人的な調べ物をしているだけですから」

 と答える。


「お兄様はお仕事ばっかりしてるから、結婚相手が見つからないんだってお母様が言ってらしたわ!」

 どこで聞いたのだろう。妹の主張に、いつものように口喧嘩をしたい気持ちを抑え、


「そんなこと言わないでくれよ、エステル。これも必要なことなんだ」

 と冷静さを装う。あとで叱っておこう。


「リディア姉様だって、お仕事よりも家族を大事にしてくれる殿方の方がいいですよね?」

 それは、妹の言葉だった。彼女の恋愛や結婚に対する思いを聞けるかもしれない。これだけは、妹の無邪気さに感謝した。


「……そう、ですね」

 戸惑いながら出されたのは、そんな言葉だった。

「やっぱり、家族の時間は大切にしてくださる方がいいですね」


 あぁ、そうか。やっぱり女性とはそういうものなのだろう。


「ほら! お仕事ばっかりのお兄様なんて、いつまで経っても結婚できませんよ!」


 うるさい。そう怒鳴りつけたいのを抑え、ジュリアンは微笑む。


 仕事ばかりじゃダメだ。そんなもの、彼女は求めていない。そう思って見つめた先で、彼女は妹を見ていた。その横顔が、誰かと重なった。


 気のせいか。彼女と会うのは初めてではないし、横顔くらい何度も見ているではないか。


*


「ジュリアン様、ブラックリリーについてですが」

「あとにしてくれ」


 エドガーの言葉を、ジュリアンは遮る。


「そんなことより、エドガー。女性はどんな言葉を言われたら嬉しいと思う?」

 ジュリアンの目は、まっさらな便箋に向かっていた。


「……そんなこと、ですか?」

「あぁ。彼女は文学が好きだから、やっぱり文学の話だろうか。どの文学を引用しようか。恋愛ものはあからさますぎるか?」


 一生懸命頭を悩ませるジュリアンの耳に、

「公爵様にはお認めいただいたのですか?」

 エドガーの言葉が響いた。


「それはまだ」

「では、それが先では?」


 従者の冷静な言葉に、ジュリアンも手を止める。


「父上に求婚するお許しをもらったとして、彼女に断られたらどうするんだ」

「では、両方同時に進めればいいのです」

「そんな無茶な」

「無茶なことをするのが貴方様でしょう」


 確かに、いつも無茶をして、それを止めてくれるのがエドガーだ。


「ブラックリリーの摘発は、国としても重視され始めています。今、あなたが手を引かれては、国に命じられた他の方が済ませてしまいますよ」

「あぁ……」

 それは困る。これを完遂させて父に許しを貰うのだから。


「わかった。手紙は後にする」

「はい、そうしてください」


 これもまた、彼女を手に入れるため。ジュリアンはそう言い聞かせて、ペンを置いた。


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