70 令嬢の仮面の下で
「皆様、ようこそお越しくださいました」
リュセール公爵夫人が歓迎の意を示す。いつものお茶会の風景の中に、リディアは溶け込んだ。
「本日も楽しくお喋りをしましょう」
さすがは公爵家。並べられるものは最高級品で、アルセイン伯爵家ではとても手に入らないものばかり。今のリディア個人の財力ならこれに匹敵できるだろうか。
いや、リュセール公爵家と対立してもいいことはない。貴族派に良くは思われていないだろうし、皇帝派の筆頭であるリュセール公爵家の傘下に隠れている方が安全だろう。
「リディア嬢、体調を崩していたと聞きましたが、もう大丈夫なのですか?」
リュセール公爵夫人がそう聞いてくれる。
「ご心配をおかけして申し訳ございません。すっかり良くなりました。小公爵様から素敵なお花をいただいたおかげですわ」
「まぁ、小公爵様がお花をお贈りに?」
リディアの返答に、そばの令嬢の声が上ずる。
しまった。この言い方だと特別な関係のように見えてしまう。
「リュセール公爵令嬢のお茶会で、花が綺麗だと言ったからでしょう。特別な意味なんてありませんわ」
「公爵令嬢のお茶会にも招待されたのですか?」
「えぇ……個人的なお友達で」
家族ぐるみで付き合いがあると思われてしまうだろうか。これ以上の誤魔化し方がわからない。
「娘もリディア嬢を気に入っていたわ。あとでご挨拶させるわね」
公爵夫人の言葉には曖昧に微笑むだけにしておいた。
「そういえば、公爵夫人、小公爵様にお礼をお伝えください。小公爵様からいただいたお薬で、弟の病気が治りました」
「そう、それはよかったわ」
とある貴婦人の言葉に、リディアが小さくこぼす。
「病気……?」
疫病でも流行っているのだろうか。そんな話は聞かないが。
「アルセイン伯爵令嬢はご存知ありませんか?」
その時、隣の令嬢が声を潜めて教えてくれた。
「最近、危ない毒が出回っているとか。それを飲むと取り憑かれたようにカジノに通ったり、お酒に溺れたりすると聞きました」
リディアがリリーとしてカジノで配った薬のことか。あれは社交界では「病気」と言われているらしい。
「怖いですわね」
「えぇ、本当に。アルセイン伯爵も、小伯爵様も、そういったことには無縁でしょう? 羨ましいですわ」
カジノにも怪しい薬にも手を出さない父や兄は、確かにリリーの薬に手を出す心配はない。
「あまりにも恐ろしくて、兄にカジノには行かないでとお願いしたんです。母も一緒に」
「わたしの兄も、病気になりました。小公爵様がお薬を配ってくださったおかげで、なんとかなりましたけれど」
貴族に広く売ったおかげで、リディアのターゲットにしていない層にも届いてしまったようだ。それも必要な犠牲だと、リディアは心の中で唱える。
「そんな未知の病気なのに、小公爵様はどうやってお薬を作られたのですか?」
リディアは隣の令嬢に聞いてみた。
「さぁ……。詳しいことは公爵夫人がご存知なのでは?」
さすがに令嬢たちの噂レベルにまで、捜査の情報が回ることはないか。かといって、公爵夫人に直接聞いて怪しまれても困る。
「そういえば、アッシュラインというのをご存知ですか?」
その時、別の令嬢が口を挟んだ。
「叔父がほしいってお祖父様に言ってるのを見たんです。護身用とかなんとか……」
「武器ですよ」
それを教えたのは、隣にいる令嬢だった。
「本来は冒険者用のものらしいですが、わざわざ取り寄せた方もいらっしゃるとか。父に本物を見せてもらいましたが、不思議な形をしていました」
「本当に博識ですね」
ふふ、と笑い合う令嬢たちとともに、リディアも微笑む。そんなことなど知らない、といった顔で。
*
「リディア嬢、よかったら娘に会ってくれないかしら」
お茶会の終わり際、リディアは公爵夫人に呼ばれた。
「かしこまりました」
わざわざ断る理由もない。今日のお茶会で公爵夫人から探られるような会話はなかったし、いつも通り親睦を深めるお茶会のようだった。
「リディア姉様!」
彼女の部屋を訪ねると、元気な声とともに駆け寄ってくる姿が。
「ご無沙汰しております、エステル様」
リディアが微笑むと、彼女は嬉しそうにリディアの手を握る。
「お母様にお願いしたんです。お茶会の後でいいから、リディア姉様とお話させてって!」
「光栄です。わたしも、エステル様とお話したいですわ」
「わぁ……ふふ」
嬉しそうに微笑むエステルは、まだまだ無邪気。この子が社交界に出て魔窟で毒々しい空気に馴染むところなんて、見たくない。
「エステル、リディア嬢を困らせちゃいけないよ」
そこに、優しい声がした。ハッと振り返った先で、小公爵が微笑んでいた。
「リディア嬢、お久しぶりです」
「ご無沙汰しております、小公爵様」
久しぶりなんかじゃない。つい最近、カジノで。
この言葉に裏はあるのだろうか。リディアの反応をどこまで見ているのだろう。一気に高まる警戒心を、リディアは綺麗なカーテシーの下に隠した。
「お仕事がお忙しいと聞きました」
「あぁ……まぁ、そうでもありませんよ。個人的な調べ物をしているだけですから」
「お兄様はお仕事ばっかりしてるから、結婚相手が見つからないんだってお母様が言ってらしたわ!」
遊んで貰えなくて寂しいのか、エステルが兄に訴える。
「そんなこと言わないでくれよ、エステル。これも必要なことなんだ」
「リディア姉様だって、お仕事よりも家族を大事にしてくれる殿方の方がいいですよね?」
エステルに聞かれて、リディアは一瞬、固まった。
どうなんだろう。結婚とか恋人とか、そういうことは考えていなかった。父や兄は出世よりも平穏に暮らすことが大切だと考えていて、それ故に家族の時間は多い。
「……そう、ですね」
だから、頷いた。
「やっぱり、家族の時間は大切にしてくださる方がいいですね」
「ほら! お仕事ばっかりのお兄様なんて、いつまで経っても結婚できませんよ!」
これで、彼が仕事を諦めてくれないだろうか。ブラックリリーを追うことを辞めてくれないだろうか。
そんな小さな希望を、なかったことにはできなかった。




