69 危険な招待状
「ねぇ、ノエル」
リディアは、それを持って地下に入った。
「これ、何かわかる?」
「……招待状か?」
リディアが差し出した手紙を一目見て、ノエルは言った。
「そうね」
「リュセール公爵家って書いてある」
「公爵夫人からよ」
公爵夫人からのお茶会の招待状。リディアはその返事に迷っていた。
「行ってもいいと思う?」
ノエルに判断を委ねたかった。
「行きたいのか?」
「……わからないわ」
その日、特別な予定があるわけではない。ガレンからの呼び出しがなければ、いつものように家で読書でもして時間を潰すのだろう。
「行きたくない理由は?」
「怖いから」
それは決まっていた。
「ブラックリリーを探っている家門なの。きっと犯罪者として摘発したいんでしょうね」
「お前がリリーだとわかった上で呼び出してるのか?」
「それはきっとないと思うわ。リリーの素性はリオやマフィアたちが撹乱してくれているもの」
ノワールローズが率先してブラックリリーの姿を隠し、嘘の情報を振りまいている。情報に強いマフィア、シャドウドラゴンとも取引を始めた頃からは、より強い情報網を手に入れたようなものだ。
「じゃあ行けばいい。そういうのは貴族の義務なんだろ」
「……そうね」
社交は貴族の義務。社交界で情報を集め、人脈を作るために、リディアはできるだけの社交界に参加してきた。舞踏会やお茶会への参加は、母の跡を継ぐような気持ちだった。
「もし私が捕まったら……」
そう吐き出して、止めた。
そんなことは、考えたくなかった。
「けど、いつものは持っていけよ」
「いつもの?」
ノエルの言葉に、リディアは首を傾げる。
「ファントムシェル。アッシュラインでもいいけど、邪魔になるだろ」
「そうね」
ノエルが開発してくれた小型銃。リディアがいつも持ち歩いているものだ。
「あと、なんだっけ。記憶消す薬。あれも持っておけ」
「レテ? 必要ないと思うけど」
「襲われたらどうするんだ。役に立つかもしれないだろ」
「ただのお茶会よ。そんなことする人はいないわ」
お茶会は貴族の女性たちの集まり。襲撃なんて恐ろしいことが起きるはずがない。それに、今回はリュセール公爵家というこの国でも一二を争う大貴族の家だ。セキュリティは万全だろう。
「油断するな。何が起きるかわからない」
ガレンもきっと似たようなことを言うのだろうな、と思った。ガレンとノエルは特に心配性だ。
「わかったわ」
心配してくれる彼らを安心させるために、リディアは頷いた。
「前の舞踏会で、ファントムシェルが見つかりそうになったの」
「は?」
リディアの言葉に、ノエルの顔が強ばる。
「大丈夫よ。香水って言ったら信じてもらえたから」
「……大丈夫、なのか?」
「えぇ。犯罪者や冒険者しか持ってない武器を、ただの貴族の娘が持ってるなんて、誰も思わないでしょう」
「最近は貴族も持ってるんだろ」
「裏社会と繋がりを持つような家門はね。わたしが持ってるとは思われないわ」
清廉潔白な印象を与えているのは、父や兄の言動のおかげだろう。リディアが守りたいと思う家族の言動が、リディアの隠れ蓑になるなんて。
「ノエルが小さくしてくれたからよ。アッシュラインだったら、香水にしては大きいって思われたはずだから」
「……無茶はするなよ。もしもの時は撃って逃げてこい」
「そんなことできないわよ」
ふふ、と軽く笑い、リディアはノエルの頭に手を伸ばす。
仲間ではあるが、弟のようにも思っていた。もし自分に弟妹がいたら、こんな感じなのだろうか、と。
「でも、メアリウス子爵には気をつけるわ」
今回のお茶会にはいないだろうけど、と付け加える。
「なんで?」
「前にアッシュラインを見せたことがあるの。彼だけは、わたしがアッシュラインを持ってることを知ってるわ」
「アッシュラインの方か」
「えぇ。あんな大きなものをドレスの下に隠し持つのは難しいから、持ち歩いているとは思わないでしょうけど」
貴族が持っているものは、おそらくアッシュラインまで。それ以上の武器は、貴族には流せないようにしている。
「あとは、メアリウス子爵はギャングと繋がっているの。ブラッドハウンドっていう、ブラックリリーとも取引経験のあるチームね」
「危ないな」
「でも、リリーとして子爵と直接やり取りしたわけではないし、リリーとして会ったこともない。こちらから近づかなければ大丈夫ね」
大丈夫。知られない。少しずつそう思えてきた。
「今回のお茶会は女性だけだし、子爵は来ないだろうから、大丈夫。心配させてごめんなさい」
「整理できたならいい。けど、無理はするな」
「わかってるわ」
お茶会には参加しよう。最近の貴族の情勢も知っておきたい。アルセイン伯爵家が没落に追い込まれたきっかけとなった事件の始まりさ、前世の今頃だったのだから。
地下を出て、部屋に戻ったリディアはペンを手に取る。
『ご招待ありがとうございます。謹んで参加させていただきます』
そう書いた手紙に、そっと封をした。
「ドレスを選ぼうかしら」
腰につけたポケットが目立たない形で、令嬢たちの間でも目立ちすぎないシンプルなもの。父にお小遣いをもらわなくてもドレスが買えるようになったおかげで、母のおさがりに頼ることも減った。リディアの体格にあった、リディアの好みのドレスたち。ドレス選びは楽しかった。




