64 見つからない敵
ブラックリリーの遺体があがったと連絡が来たのは、もう随分前のこと。遺体を収容した憲兵の詰所に、ジュリアンは訪れた。
それは、犯罪者として逮捕歴のある男だった。
「……偽者か」
一目でわかった。
「おそらく」
エドガーもわかっていたのか、そう答えた。
「先日、大きな爆発音が何度も聞こえたと通報がありました。ブラックリリーの武器を多く蓄えるマフィアの仕業でしょう」
憲兵の責任者が冷静に告げる。
「そいつらは捕えられないのか?」
「証拠がありません。憶測どまりです」
裏社会で強大な力を持つマフィアという存在に、国家権力はあまりにも無力だった。
「……人を殺しておいて、証拠がないとはな」
あまりにも残酷な現実に、ジュリアンは自嘲的に笑う。遺体の前に膝をつき、そっと手を合わせた。
「丁重に葬ってやれ」
「かしこまりました」
犯罪者とはいえ、貴族が守るべき国民のひとり。罪を犯すことでしか生きられなかった。ただそれだけなのだ。
*
それから数日後、ブラックリリーの武器がオークションに出るとエドガーが噂を拾ってきた。
「あくまで噂止まりですが……」
「それでもいい。しっぽを掴めるのなら、行く価値はある」
闇オークションへの潜入なんて、本当ならしたくなかった。いったいどれだけの貴族がそこに集うのか。国の中枢に関わる人間として、そんな腐敗した人間たちからは目を背けたかった。
エドガーに頼んで潜入用の衣装に着替え、貴族街から出る。裏路地の奥の奥。古い教会が廃れた後の広場が、その会場だった。
会場には、見覚えのある顔がいくつもあった。社交界で見た面々から目を背け、ジュリアンはフードを目深に被る。仮面で顔を隠した自分は、違法な品を競り落す気で来ている貴族たちと変わらなかった。
「エドガー、ブラックリリーはいるか?」
「……それらしい人物はいますが、本物の正体がわかっていませんので」
老人だったり紳士だったり少年だったり。ブラックリリーの姿は定まらない。ただ、わかったことがある。
ブラックリリーは「女性」だ。噂では男性であることだけが強調され、娼婦や老婆といった噂は嘘だと言われている。それが不自然だった。
ブラックリリーの仲間だと言われる冒険者は男性で、その伴侶か恋人がリーダーだろうと思っていた。
「皆様、お待たせいたしました!」
ステージに主催者が出てきた。
「ようこそ、秘密のオークション会場へ。ここで見聞きしたことは、この場限り。無粋な詮索はお控えくださいますよう、お願いいたします」
主催者の挨拶に、歓声と拍手が答える。
「それでは、本日も特別な品々を揃えております。今日この日が、皆様にとってとっておきの宝物と出会える良き日となりますように」
そうして紹介されるのは、奴隷や薬物。遠目からでも偽物だとわかる宝石に、過去の偉人や大犯罪者の遺品。
そんなものに、仮面をつけて素性を隠したつもりの貴族たちが、値段をつけていく。
ジュリアンが目を背けたかった現実が、そこにはあった。
今からでも憲兵を呼ぼうか。会場にいる観客ごと取り締まれば、ブラックリリーが捕まるかもしれない。
そんな考えと同時に、そんな目立ったことをすればブラックリリーは逃げるだろう、という考えが脳内をかすめる。そのわずかな可能性のせいで、立ち回りが難しかった。
「それではお待たせいたしました! 本日の目玉商品、ブラックリリーの新作武器、ミラージュのご紹介です!」
その瞬間、会場の歓声がより一層大きくなった。
「遠くの標的をたった1発で仕留める、従来のアッシュラインを超えた武器。この弾が射止めるのは、獣か、魔獣か、はたまた人間か。さぁ、皆さん、早い者勝ちですよ!」
明らかに暗殺を目的として作られた武器。ブラックリリーはこれで何をするつもりなのだろう。
「300! 300出ました! 他にいらっしゃいませんか?」
犯罪者たちが振り落とされ、仮面をつけて身なりのいい貴族だけが残っていく。
「500」
その時、低い声が響いた。
「500! 金貨500枚が出ました!」
それは、参加者席の中央にいた強面の男のものだった。
「エドガー、あの人は?」
「ノワールローズというマフィアのトップです。末端は犯罪歴のある者もいますが、幹部の多くは逮捕歴がないと言われています」
「なぜだ? マフィアは犯罪をするものではないのか?」
「犯罪以外で稼げるものがあれば別でしょう。彼らに借金をしている貴族も少なくありませんから」
なるほど。それでは貴族たちが口を出せなくなるのも納得だ。
「600」
それに対抗するように、モノクルの男が手を挙げた。
「あちらもマフィアですね。商会を営んでいますが、グレイウルフというチームのフロント企業だと言われています」
あっちもマフィア、こっちもマフィア。貴族でさえも手が出せない金額を、さらりと支払う経済力。
「……どちらもブラックリリーではなさそうだな」
「そうですね。ブラックリリーの武器はマフィアがほしがるでしょうから」
ミラージュといったか。この武器は、貴族が持つアッシュラインという武器とは別物のようだし、さっさと皇帝に進言して違法化してしまおう。そうすれば、これを買った人間を摘発することができる。
「1000! 金貨1000枚が出ました!」
大興奮の会場で、ブラックリリーと思われる女を見つけることはできなかった。




