63 新作ミラージュ
黒いローブを持って屋敷を出た。赤髪になったリディアが下町に出ると、いつものようにガレンが待っていた。その姿を既に見ていたガレンは、すぐに駆け寄ってくる。
「準備はできた?」
そんな彼に、リディアは尋ねた。
「あぁ」
彼の返答に迷いはなかった。
「ノエルに聞いたんだろ」
「そうね。あの子、口下手だから。業者に渡したことと日時しか教えてくれなかったわ」
それでも白紙の手紙以上のやり取りはできるのだから、彼を使わない手はない。ノエルの実力はちゃんと認めている。
「今日は赤い方じゃないんだな」
「オークションだもの。リリー本人だと知られると面倒だわ」
今回は、リリーを語る人物がいるとは思えない。前回のように偵察ではないのだから、リリーだとわかる姿で言っても問題はない。
ただ、なぜか黒いローブを着る気にはなれなかった。虫の知らせ、とでも言うのだろうか。リリーでは行きたくない、と直感的に感じた。
*
前回と同じオークション会場は、前回以上の賑わいだった。
「ブラックリリーの新作が出るって噂が広がってたから」
ガレンがその賑わいの理由を教えてくれた。
「俺の仲間にも見に行きたいってやつらがいたし、ブラックリリーに注目してるのは裏社会だけじゃないんだろうな」
「……ただの冒険者が買えるような値段だと困るんだけど」
ガレンに値段を任せているとはいえ、それなりの高値じゃないとオークションに出した意味はない。それに、それほどの価値がつかないと、マフィアたちもほしがらない。
「買えるとは思ってないだろ、たぶん。ただ見たいだけってやつらが大半だと思う」
武器をただ見ることに、何の意味があるのだろう。手に入らない武器を見て、何を考えるのだろう。
「ノワールローズがいるな」
ガレンが人混みに目を向けた。椅子が並べられた参加者席の中央に座る、見覚えのある顔たち。全員が手首に赤いスカーフを巻いているから、一目でわかる。
「相変わらず目立つやつらだ」
「そうね」
目立つことで威厳を示す。それが彼らの矜恃なのだろう。
そして、座席の片隅には、モノクルをつけたグレンも。その周りには数人の体格のいい男たちが護衛のようについている。グレイウルフの構成員は初めて見たが、武闘派と言われる通り、武力に強そうな集団だ。
ノワールローズのように目立つわけでもなく、ステージがよく見える位置に少数で陣取る姿は、グレンの人柄がよく見えるようだった。
さて、シャドウドラゴンはどうだろう。ノワールローズと同じ、いやそれ以上に目立ちそうなシャルカの姿は、まだなかった。
「シャドウドラゴンがいないわね」
「あそこは武力じゃないからな。下っ端が偵察に来るくらいじゃないか?」
「そう」
確かに、戦うことを前提としていないシャドウドラゴンに、武器は必要ないのかもしれない。しかし、今回の武器は、そういう組織こそ買って欲しいものだ。
あとで売りに行くか。そんなことまで考えていた。
「皆様、お待たせいたしました!」
ステージに男が現れる。オークションが始まった。
王家の密約文書とか聖人の骨とか、本物なのかと疑わしいものから始まり、奴隷や毒といった明らかに違法なものまで、続々と売れていく。
身なりのいい貴族たちがこぞって値を吊り上げていく中、ブラックリリーを狙うマフィアたちは微動だにしなかった。彼らの目的は、ただひとつだけなのだろう。
「それではお待たせいたしました! 本日の目玉商品、ブラックリリーの新作武器、ミラージュのご紹介です!」
堂々とした登場に、会場がいっそうざわつく。
「遠くの標的をたった1発で仕留める、従来のアッシュラインを超えた武器。この弾が射止めるのは、獣か、魔獣か、はたまた人間か。さぁ、皆さん、早い者勝ちですよ!」
「120!」
最初に声を上げたのは、身なりのいい男だった。おそらく貴族。それを皮切りに、貴族や犯罪者たちがつりあげていく。まだ動きのないヴィクターやグレンを、リディアは静かに観察した。
「300! 300出ました! 他にいらっしゃいませんか?」
犯罪者たちがおりて貴族だけが残り、競争が落ち着き始めた時。
「500」
ヴィクターが告げた。
「500! 金貨500枚が出ました!」
すごい金額だ。やはりオークションにして間違いはなかった。
「600」
それに対し、グレンも続く。
これには最後まで残っていた貴族も唖然としていた。
貴族には貴族の矜恃がある。それを維持するための費用は、決して安くない。貴族としての立場を維持するためにかかる莫大な費用のことも考えれば、国に知られてはいけない裏オークションで手に入れるものにかけられるお金も限られる。
リディアはそれを知っている。だからこそ、そんなくだらないもののないマフィアの方が強いことを、リディアはわかっていた。
「ガレン、これ、主催者にはいくら渡すの?」
「3割って言ってる。でもまぁ、口約束だから」
3割か。この金額で売れたら、それも文句はないかもしれない。金儲けのためにやっているわけではないし、マフィアに貴族が負ける姿を見られただけで十分だ。
「割合を減らすか?」
「いいえ。感謝も込めて、5割くらい渡そうかと」
「そうか。まぁ、リリーがそう決めたなら」
ガレンは反論しなかった。
「心配しないで。ガレンにもあげるわ」
そう言うと、
「別にほしいとは言ってないだろ。ミラージュを作ったノエルにやれよ」
「あの子は十分なお給金を渡しているもの」
リディアの読書係として雇われているノエルには、リディアが渡す報酬の他にも、一般的な平民の何倍ものお給金が支払われている。住み込みなのだから、生活にも困らないはずだ。
だから、武器や薬を売ったお金は、ガレンやリオ、イレーヌへの報酬として支払うことが多い。それでも、リディアの手元に残る個人的な資金は莫大だ。
「1000! 金貨1000枚が出ました!」
城でさえ簡単に手に入れられそうなその金額を、リディアはどこか遠くで聞いていた。




