62 護衛の矜持
仲間を守る。リリーのその決意に触れて、ガレンの忠誠心は高まった。マフィアを脅すという命がけの行為で、自分たちを守ってくれた。自分の言動で人が殺されたことに心を痛めるくせに、仲間を守るために自らの命さえ危険にさらす。そんな彼女だから、ついていこうと思えた。
*
朝、身支度をしていると、玄関がノックされた。こんな朝早くに家を訪ねてくる友人なんていない。リオの友人かとも思ったが、本人はまだ寝ていて起きる気配がないところを見ると、約束しているわけではなさそう。
少し不審に思いながら、ドアを開ける。そこに立っていたのは、ノエルだった。
「久しぶりだな」
「……あぁ」
ノエルは挨拶もそこそこに、ガレンの家にあがりこむ。鞄をドカッと机に置き、開けた。
「どうした?」
「リリーからの伝言」
ガレンが字を読めないため、細かい指示は直接会ってしかできない。リリーが忙しい時は、こうしてノエルがおつかいを頼まれていた。
「これ、オークションで売れって」
魔力を持つノエルが魔法鞄から取り出したのは、見たことのない武器だった。
「なんだ、これ」
「遠距離から標的を一発でしとめる。リリーはミラージュって名付けてた」
「ミラージュか」
相変わらず詩的な名前をつける。そういったセンスは、きっと社交界で身につけるのだろう。
「で、オークションに出すのか?」
いつもならマフィアに一番に流すはずだ。そうじゃないと、リリーと直接関わりを持つマフィアが納得しない。
「こっちの方が高く売れるって言ってた。あと、マフィアには事前にオークションの情報を流しておけって」
なるほど、いつもの顧客により高値で買い取ってもらうのか。リリーの真意に気づいたガレンは、
「わかった」
とそれを受け取った。
「リリーから、オークションの情報を聞いてこいって。業者に行くなら、オレもついていく」
「あー……」
いつもなら、これから軽く朝食を取って冒険者として働く時間帯。でも、依頼を受けているわけでもないし、急ぐことはないか、と思い直す。
「じゃあ、行くか」
テーブルに置いてあるパンを掴んで、ガレンは外へ出た。
*
闇オークションの業者は、オークションが開かれる裏路地の広場にいた。
「これ、次の商品になるか?」
ガレンが差し出したそれを、業者の男は虫眼鏡で見つめる。
「ブラックリリーだな」
一目でそう見破った。
「あぁ。本物だぞ」
「どうだか。ブラックリリーの武器だと偽るやつなんか、ごまんといる」
それは不満だろうか。しかし、それをオークションの商品にしているのだから、文句は言えないはずだ。
「なんでもいい。これが売れたら、売値の3割はやるよ」
その言葉に、男はにたりと笑った。
「3割か。随分羽振りがいいな」
オークションと言えば、事前に商品を買い取るか、売値の1割を業者に渡すか。前者の方が業者には好まれるが、リリーが「オークションの方が売れる」と判断したところを見ると、彼女が望んでいるのは後者だろうと考えた。
しかし、1割では業者が納得しない。きっと予想以上の値段が返ってくるだろうから、3割くらいは渡していいはずだ。
「言ったろ。本物だって」
本物のブラックリリーは、売値なんて気にしない。仕入れ値がないからこれができる。そしてリリーは、群がる人々を見て楽しそうに笑うだけだ。
「わかった。スタートはいくらにする?」
「そうだな。金貨100枚でも売れると思うけど」
「んじゃあ、100だな。次のオークションは5日後だ」
「あぁ、頼むよ」
あとは業者に任せるだけ。そして、リリーの望み通り、マフィアへの根回しも忘れない。
オークションの日時をリリーに伝えるのはノエルに任せ、ガレンはひとりで酒場を訪れる。
「……」
ガレンが足を踏み入れた瞬間、向けられるのは、圧。マフィアの構成員は、ただの傭兵兼冒険者なんて気にも留めない。それでもガレンに視線が向くのは、彼らはガレンをリリーの代わりとして見ているから。
「リリーから伝言」
ガレンは入り口から奥には入らず、ヴィクターを見た。
「5日後のオークションに、リリーの新作が出る。ほしければ来い、と」
それを聞いて、ヴィクターが眉を寄せた。音のない音を聞き取ったかのように、その場の空気が張りつめる。
ヴィクターの隣に立つ綺麗な女性は、ノワールローズの構成員のひとり。華奢な女性でさえ、マフィアとしての圧を持っている。視線を向けていないのに、ガレンに向けられる何かが、鋭い。
「……我々に話も通さずに、か」
ヴィクターが低く唸るように言った。
「それはそうだろ。俺らにとっちゃ、あんたらはただの顧客のひとりだ」
喧嘩を売るつもりはなかった。ただ、リリーが思っていることを伝えたつもりだった。
しかし、一気に殺意を向けられる。しまった、言葉を間違えた、と瞬時に悟った。
「文句があるならリリーに言えよ。俺はただの護衛だからな。決定を覆す権利は持たないんだ」
我ながら情けない、と思う。貴族とはいえ、リリーはガレンより年下の女の子。その彼女の笠の下でマフィアに威嚇する。小動物にでもなった気分だ。
「じゃあ、伝えたからな」
そして、逃げるようにさっさと酒場を出た。
*
「ノワールローズには許可をもらったのですか?」
次に訪れた商会でも、グレイウルフのボス、グレンに聞かれた。
「武器をオークションで売るなんて。独占欲の強い彼らが許すとは思えませんが」
「……そうだな。ついさっき威嚇されたところだ」
ガレンはふっと息を吐く。ライバルということもあって、グレンは何かと敵視するヴィクターのことを、よくわかっているようだ。
「リリーからすれば、ただノワールローズに睨まれるくらい何ともないんだろうさ。それよりも、武器に価値がつく方が大事だ。より多くの人が、これに羨望の眼差しを向ける方がいいんだろ」
「……趣味の悪い女ですね」
グレンの呆れた声に、ガレンが鋭く睨む。
「それは同感だが、護衛の俺に聞かせていい言葉じゃねぇな」
「確かに。失礼しました」
グレンがわざとらしく謝る。
「そういうわけだから。興味があるなら、5日後にオークションに来るといい」
「えぇ、行きますよ」
その笑みは、うさんくさかった。
*
最後にシャドウドラゴンを訪れた彼は、相変わらず異国の香りに顔をしかめる。
「リリーの伝言は伝えたからな」
「えぇ、ありがとう」
シャルカは笑った。近くに男たちを侍らせる女性なんて、見ていて気持ちのいいものではなかった。
「次は女も用意しておくわ。またリリーと一緒にいらっしゃいね」
シャルカは、マフィアを通さずに武器をオークションに流したことについては文句も言わず、ただ遊ぶようにガレンを見つめる。
「リリーは、見た目のいい男に興味はないぞ」
「あら、そう。目の保養って言葉は、この国にはないのかしら」
リリーの興味が男にないのは、もうシャルカにもわかっているはずなのに。この楽しそうな笑顔は、何かの意味があるのか、それともただ楽しんでいるのか。
「あなたはどう? 綺麗な女と、かわいい女、どちらが好みかしら?」
この人は相手にできない。
「じゃあ」
逃げるようにその場を後にした。彼女と渡り合えるリリーを、心の底から尊敬した。




