61 揺らぐ黒薔薇と黒百合の棘
「ノワールローズが何か揉めてるみたいだけど、知ってる?」
取引を終えたリディアは、市場に行ってリオに尋ねた。
「んー、なんだろう。あそこは構成員が多いから、よく衝突しているイメージはあるけど。でもみんなボスには従順で、ヴィクターがいるからまとまってるって感じが強いんだよなぁ」
情報屋のリオもつかんでいないのか。それだけノワールローズの内部に留められているのだろう。内部分裂の噂が広まることは、きっとマフィアにとっていいことではないだろうから。
「調べてみようか?」
「……そうね。無理はしなくていいわ」
「大丈夫だよ。リリーさんを困らせることはしないから」
その笑顔は、無邪気な子どものようで、でもどこか情報屋としての矜持も感じられる。一度誘拐されたのを助けてからは恩を感じているのか、リディアに忠誠を誓ってリディアの言葉に従ってくれる。あの身代金は、もうマフィアとの取引で取り戻しているのだから、それに責任を感じる必要はないのに。
*
ガレンからの白紙の手紙で呼び出されたのは、その数日後のことだった。
いつものように準備をして下町に出たリディアは、ガレンからリオが呼んでいると聞いて、迷わずリオの店を訪れる。
「何かわかった?」
「そりゃあもう。ボクを舐めないでよ」
リオは得意げな笑顔で頷いた。
「まず、ノワールローズとの取引は中止か、少し注意した方がいいかもしれない。ブラックリリーの武器に否定的な派閥ができてるんだって」
「……どうして?」
驚かなかった。あの様子から、それくらいのことは予想できていた。
「えーっとね……。他の情報屋が言ってたことを思いだすから、ちょっと待ってね」
そう言ってリオは少し黙り込んで、
「確か、ブラックリリーにいぞんする今の組織が嫌なんじゃないかとかなんとか……」
とつぶやく。
「依存ね」
リディアは、ふっと苦笑を漏らした。
ヴィクターはブラックリリーに依存していない。それは外部の人間であるリディアでさえも、はっきりわかっているのに。内部から見ている人が、なぜそんなことを言い出すのだろう。
「取引はやめないわ。それを望まれているもの」
求められれば応じる。それが商人の基本だと、リディアはわかっている。
「大丈夫? 反対派から襲撃されるかもよ」
「その時はガレンが守ってくれるわ。そうでしょう?」
「あぁ」
ガレンの返答に迷いはなかった。
「けど、危ないことはやめてほしいな。こっちは人殺しには慣れてないもんで」
「よく言うわ。マフィアを殺気で威圧するのに」
「殺気くらいなら誰にでも出せるさ」
ガレンは簡単なことのように言うが、マフィアの構成員たちがリディアに銃口を向けないのは、ガレンがいるからだと思っている。もちろんリディアが商人として必要な人間だとボスに認められている前提があるが、取引にいつもついてきてリディアの背後から威圧するガレンの存在を無視はできないはずだ。
「一応聞いておくけど、マフィアはリオをわたしの仲間だと認識しているのかしら」
「どうだろう。ブラックリリーの噂は相変わらずだし、老人とか少年とか姿も定まってない。リリーさんの姿を知っている人たちは、こうしてボクらが話しているところを目撃してるかもしれないね」
赤いローブに黒髪のリリーの姿を知っているのは、そう多くはない。といっても、ノワールローズは集まっている酒場にリディアが直接出向いているため、その場にいる構成員はもれなく知っているはず。
それに、シャドウドラゴンも、宿屋に出入りする商人というだけで、情報に強いチームの構成員なら簡単に特定してしまいそうだ。知らないのは、いつもボスひとりで取引に対応するグレイウルフくらいか。
「隠した方がいい? それとも、公表した方がいい?」
「どっちでもいいわ。下手な犯罪者があなたに手を出さないようになるなら、公表するのもいいかもしれないわね。その代わり、憲兵に追われる立場にはなるけれど」
「大丈夫だよ。ガレンさんが捕まってないんだ。ボクが捕まることは、まずないさ」
確かに、ブラックリリーを捕まえるとなると、一番に捕まるのはきっとガレンだろう。リディアのように素性を隠しているわけでもないし、ブラックリリーの表の顔として冒険者との橋渡しや伝言係もしてくれる。
「気をつけてね、ガレン」
「捕まったところで証拠はないし、すぐ釈放されるだろうけど。心配しなくても、リリーのことは喋らないぞ」
「……期待しているわ」
別に喋ってもいい。黙っていることでひどい拷問にかけられる方が心配。でも、ガレンには言わなかった。
「じゃあ、ノワールローズの酒場に行くわ」
「うん、いってらっしゃい」
ひらひらと手を振るリオに背中を向け、リディアはガレンと歩き出した。
「取引か?」
「いいえ。牽制よ」
目的は決まっていた。
*
「ごきげんよう、ヴィクターさん」
がやがやと騒がしい酒場が、リディアが一歩踏み入れるだけで一気に静まり返る。ヴィクターの鋭い視線を受けながら、リディアはそっと周囲に視線を這わせた。
「素敵な噂を聞きました」
静かに、しかしはっきりと、そう告げる。
「ノワールローズの中に、わたしの武器をほしくない方がいらっしゃるとか」
誰かの息を呑む音が聞こえた。
「別にかまいませんわ。思想は強制できませんもの」
人の感情を操ろうとは思っていない。イレーヌの薬を使えばそれくらいできるかもしれないが、それはヴィクターが判断することであって、リディアが出ていっていいものではない。
「……でも、ほしくない方に持たせてあげるほど、わたしは優しくありません」
静かに微笑む姿を、ヴィクターがじっと見つめる。
「ヴィクターさん、アッシュラインを渡す方は選んでくださいね」
その瞬間、ヴィクターはアッシュラインを取り出し、そばの男に向けて撃った。
パンッと短い破裂音の後、男が腕を押さえて倒れこむ。それは、先日、リディアにつっかかってきた男だった。
「これでいいか」
「……ふふ」
流れ出る血にも、リディアは怯えなかった。
「わたしの仲間に手を出されると困ります。よく見ていてくださいね、ヴィクターさん」
「あぁ」
リディアを睨む分には自由にすればいい。ガレンやリオに接触して危害を加えられる方が、怖かった。それを止めるための牽制。
ヴィクターに伝わったのを確認して、リディアは綺麗なカーテシーの後、酒場を後にした。




