6 お茶会と母のドレス
魔力をギリギリまで使ったことで体力が底を尽きたリディアは、翌日、ベッドから起き上がれなかった。熱は出していないが、起き上がることもできない。こんな虚弱な身体、嫌になる。そして、それを不自然に思われないこともまた、嫌だった。
「リディア、身体は大丈夫?」
兄が心配して部屋を訪れる。額に手を添えて、
「熱は出てないみたいだね」
と安心したように笑みをこぼした。
「シャルマン公爵家からお茶会の招待状が来てるけど、いつもみたいに断っていいね?」
シャルマン公爵家。かなり有力な家門だ。
個人的なお茶会に参加する義務はない。皇后主催のように大きなパーティーでもないのだから、参加することで得る対価は決して大きくないだろう。しかし、
「行きます」
リディアの返事は違っていた。
格上の公爵家からの誘い。断るリスクも大きい。そして、それ以上に社交界に繋がりを持っておきたい。信頼が失墜しないように。社交を嫌う父や兄には頼れないことなのだ。
「そんな状態で?」
兄が眉を寄せる。確かに、起き上がれもしないのに、と思われることはわかっていた。
「すぐではないのでしょう? それまでには動けるようになります」
「無理はよくないよ。この前だって熱を出したばかりじゃないか」
兄に悪気はない。ただ心配しているだけだ。
でも、嫌だ。「身体が弱いから」と行動を制限されるのは、もう嫌なのだ。その結果が、あんな悲惨な結末になるのだから。
「大丈夫です。お兄様、お願いです」
兄が「お願い」という言葉に弱いのを、リディアはわかっていた。
「お友達ができるかもしれませんし」
その言葉に、兄は言葉につまった。虚弱な令嬢が一生懸命友達を作ろうとしてる。そんな事実を前に、それを邪魔することはできないだろう。
「……わかったよ。ドレスを新調するためのお金を渡しておくね」
「ありがとうございます」
そのお金は貯金しておこう。今後、武器の製造に必要になるかもしれないから。リディアの頭には、古代武器の製造のことがしっかり刻まれていた。
*
母の部屋からドレスを出した。社交界で名を馳せた母のドレスなら、まず間違いはないだろう、と。母のシンプルなアフタヌーンドレスが、リディアも着られるような身長になっていた。
事前にシャルマン公爵家についての知識を入れ、リディアは覚悟を決めた。
「ごきげんよう、シャルマン公爵令嬢。ご招待いただき、ありがとうございます」
所作は完璧だった。あの皇后主催のパーティーで牽制してきた令嬢を前にしても、上品に笑ってみせた。
「ごきげんよう、アルセイン伯爵令嬢」
彼女は冷たく笑っていた。
「なんだかわたしのお母様と話しているみたいですわ。落ち着いたドレスでいらっしゃいますのね」
母のドレスだからだろうか。型が古いとバカにしているのだろうか。
「ありがとうございます。母との思い出が残ったドレスなんです。思い出は、流行りよりも長く残りますからね」
「……っ」
その瞬間、彼女がぎゅっと扇を強く握った。流行りではないと嘲笑する彼女の言葉を「軽い悪意」にしたてあげる返答だった。
大丈夫。できる。母の面影を信じ、リディアは綺麗に笑ってみせた。
リディアに用意されているのは下座の一席。家の爵位を低いし、この場に特別親しい人がいるわけでもない。正しい席順だ。多少の悪意はあるのかもしれないが、気にするほどではない。
この場は、比較的若い令嬢が集まっていた。近い年頃の令嬢たちの親睦を深める、というのは建前で、主催であるシャルマン公爵令嬢が家門の権威を示すためのものなのだろう。
「まぁ、きゅうりのサンドイッチがあるなんて。さすがシャルマン公爵家ですわね」
「領地での栽培に成功しましたの。サンドイッチにするとおいしくて。ぜひ皆様にも食感を楽しんでいただきたいですわ」
そんな会話が交わされる中、リディアはティーカップに指を添えた。そっと口をつけて、一瞬固まる。
「あら、アルセイン伯爵令嬢、どうかされましたか?」
主催の席から声がかけられた。わざとか。
「……いいえ」
主催である彼女を貶すのは許されない。しかし、黙ってやられるのは違う。
「冷やして飲む珍しい紅茶があることは知っていましたが、こんなにおいしいなんて思いませんでした。貴重な経験をさせていただき、シャルマン公爵令嬢には感謝の言葉もございません」
「まぁ……」
この場にいる誰も、お茶は冷めていないはず。だってこれは、冷やしたわけではなく、冷えていたのだから。
ひそひそと交わされる言葉は聞こえない。しかし、扇に隠しながらもひきつる彼女の顔は、離れた席でもよく見えた。
「そ、そういえば、紅茶占いというのをご存知ですか?」
その時、ひとりの令嬢が言い出した。
「お母様に聞いたんです。おもしろいかもしれないと思って。皆さん、ご一緒にどうですか?」
「楽しそうですわね」
誰かが答え、その令嬢は微笑んでティーポットを手に取る。
「ティーポットに少しの茶葉を入れて、いつもみたいに紅茶を注ぎます」
「それでは、茶葉がカップに……」
「えぇ、これでいいんです」
リディアもその手順を見ていた。占いというのは信じていないが、それが流行った時期があることは、母に聞いたことがある。
「何を占いたいか考えながら紅茶を飲んで、ほんの少しだけ残します。あとは、カップを裏返して」
とんとん、と指先でカップの底を叩いて、また表にする。すると、底に茶葉が溜まっていた。
「こうして、何枚残ったか、茶葉が何の形に見えるかで、占いができるんです」
それを聞いて、それぞれが試し始めた。これは、しない方が不自然か。リディアも手順を覚えて順番にやってみる。
残ったのは、6枚。
「わたしのを見てください」
令嬢たちは、その占いを言い出した令嬢のもとにカップを持っていく。彼女は、ひとつひとつに答えていた。
「わたしも、よろしいですか?」
リディアもその波に乗ってみる。
「アルセイン伯爵令嬢は、残った茶葉は6枚ですね。これは、『すべてうまくいく』という吉兆です」
ハッと手が止まった。
占いは信じない。そんなものに頼るほど、弱くはない。
でも、もしこれが、今リディアが裏で画策していることを示しているとしたら。そう信じたい気持ちを、否定できなかった。
「素敵なブレスレットですね」
その時、隣の席の会話が耳に入った。
「えぇ。彼が持っていてほしいって」
「まぁ、素敵。愛されていらっしゃるのね」
そんなささやかな会話。
「わたしにも見せていただけませんか?」
リディアはその会話に入ることにした。
「どうぞ」
その令嬢はためらいもなくブレスレットを差し出してきた。
「素敵な宝石ですね」
「えぇ」
「お母様から聞いたのですが、宝石言葉が流行ったことがあったとか。何か特別な意味があるのかもしれませんね」
確かこの石の言葉は「無償の愛」だったか。そんなものはどうでもいい。
ブレスレットの内側に彫られた意匠に、リディアは気づいた。
「もしかして、どこかの鍛冶屋で作られたんですか?」
「え、えぇ」
ガレンの剣についていた意匠と似ていた。おそらく鍛冶屋が自分たちの工房の製品だとわかるように印をつけているのだろう、と目星をつけた。しかし、ガレンのとは若干違う。
「彼が騎士なんです。彼の剣と同じ工房で作っていただきました」
「素敵なご関係ですわ」
貴族とはいえ、爵位が低ければ騎士位に嫁ぐことも少なくない。「守られる」という観点から、憧れる令嬢もいるだろう。
「ありがとうございました」
ブレスレットを返し、リディアは微笑んだ。
鍛冶屋に行ってみるか。父と兄を殺した剣の出所を探ることができるかもしれない。




