58 選別された価値
「事故が相次いでいるようだな」
ヴィクターからそう言われた。
「事故ですか?」
「アッシュラインで片手を吹き飛ばした者もいるとか」
商品を並べていたリディアは、それを聞いても手をとめない。
「危険なものですから」
静かに答えたその言葉に、ヴィクターは
「これが安全かもわからなくなってきたな」
と威圧する。机の上に置かれたアッシュラインを睨む彼は、相変わらず優位に立ちたがる人だ。そんなこと、リディアが許すはずはない。
「ご安心ください。わたしがヴィクターさんにお売りするものは、安全性を保証しますから」
「暴発したものは、お前が売ったものではないと?」
「どうでしょう。以前のヴィクターさんのように、いろんなものに挑戦したがる方はいらっしゃるかもしれませんが、その事故の話、わたしは知りませんので」
今回の事故、リディアが売ったものであれば、その顧客は直接リディアに文句を言うだろう。かつてノワールローズがアッシュラインに石を詰めて暴発させた時のヴィクターがそうであったように。
リディアが知らないということは、リディアの顧客ではないということ。それはヴィクターにもわかるはずだ。
「模造品が出回っているという話は聞いております。高値で取引される貴重品のようですが、安全性が保証できませんので、ご注意くださいね」
安くで手に入れられる本物よりも、高い値段で取引される偽物の方が価値を持つ場合があることを、リディアは知っている。でも、それはきっと、アッシュラインを武器と思っていない貴族たち。
アッシュラインを実用的な武器として扱うマフィアからすれば、高値の偽物よりも安く大量に買える本物の方が価値のあるものだろう。
「潰さないのか」
ヴィクターがそう聞いた。
「まぁ、そんな恐ろしいこと、できませんわ。わたしはただの商人。皆様のように武力に秀でているわけではありませんもの」
だから、リディアは微笑んだ。
「でも、困りますね。偽物が広まってしまえば、わたしのお客様は本物の価値がわかる方に限定されますから」
価値がわかる人にしか「本物」は売らない。その言葉に、ヴィクターは黙ってリディアを見据える。その視線に、リディアは怯えることなく、じっと見つめ返した。
やがてヴィクターの方が視線を逸らす。それを見て、リディアはふっと笑った。
「ご安心ください。ヴィクターさんは大切なお客様です。無下にはしませんわ」
へりくだることもしなければ、空から見下ろすこともしない。あくまでも対等な立ち位置で。それがリディアの商売だった。
*
事故の話を持ち出したのは、ノワールローズだけではなかった。その後訪れたグレイウルフでも、そして情報通のシャドウドラゴンも、当然のように知っていた。
グレイウルフのボス、グレンは、ヴィクターと同じように警戒を示した。しかし、リディアが売るものが本物で、事故を起こしたものが偽物であることを説明すればわかってもらえた。
対してシャドウドラゴンのボス、シャルカは、最初から本物でないことをわかっていた。
「販売元を消したら?」
そう言ってきたのは、善意のアドバイスだろうか。
「わたしは特に不利益を被っていませんので」
そう返すと、シャルカは目を細めた。
「あなたの言葉選びはおもしろいわね。こちらが助けてあげたくなるわ」
「あら、助けていただけるんですか?」
「あなたが値引きしてくれるなら」
「もちろん対価は支払いますよ」
そう微笑んで、
「ですが、わたしが助けを求めたわけではないことを、お忘れなく」
と続ける。
「そうね。これは、こちらが勝手に動くだけだわ」
シャルカは予測不能なおもちゃを見るように楽しそうだった。
シャドウドラゴンは武闘派ではない。いったいどんなことが起きるのか。それはわくわくした。
*
3つのマフィアとの取引を終えたリディアは、イレーヌの研究室を訪れる。いつもの報酬を渡すため。そして、ガレンを介して呼ばれていたから。
「新作ができたの」
いつものようにソファに座ったリディアに、イレーヌはそう言った。
そして、机の上に置かれたもの。透明のベトリ皿に入れられていたのは、真っ赤な粉末だった。
「これは?」
「魔獣を使役できる薬」
イレーヌの返答に躊躇いはなかった。相変わらず恐ろしい薬を作る人だ。
「効果はあるの?」
「森にいる魔獣では試したわ。指示通りに動いてくれる。……でも、この薬の真価は、そこじゃない」
イレーヌの瞳に、黒い光が宿った。
「一通り命令を試した後、最後に、言ったの。『死んで』って。……どうなったと思う?」
「反抗するのかしら」
「いいえ。その魔獣は、近くの泉に入っていったわ」
「……それって」
「泳げない子だった。そのまま沈んでいって、骸だけが浮き上がってきたわ」
命令に反抗することは許されない。たとえそれが、死を意味するものだとしても。
「これ、人間に使ったらどうなるのかな」
イレーヌが呟いた。
「さすがに試せなかったけど、気になるわ。だって、魔獣は言葉を話せないもの。どんな気持ちで従って、どんな気持ちで死んでいったのか。聞いてみたかった」
「……それは」
少し考えて、リディアは口を開いた。
「わたしが、聞いてくるわ」
これをマフィアに売れば、彼らはすぐに使うだろう。それは魔獣だけには留まらないかもしれない。そしてその結果を調べてイレーヌに報告するのは、リディアの役目だ。
「嬉しい。よろしくね、リリー」
イレーヌの顔には純粋な「喜び」しかなかった。




