57 オークション
赤いローブから、黒いローブへ。そして、髪の色は黒から赤へ。オークション潜入用の変装は完璧だった。
鮮やかな赤髪を風に揺らしながら、門を抜けた先でガレンと合流する。
「……似合わないわね」
彼の姿に、リディアは苦笑した。冒険者っぽくない商人のような服装はまだいい。しかし、その顎についた付け髭はあまりにも浮いていた。
「仕方ねぇだろ」
ガレンも髭は慣れないらしく、恥ずかしそうに触れる。
「まぁ、いいわ。オークションに変装していくのは、おかしいことではないでしょう」
身元が知られないようにするのは当然のこと。変装していることを知られるのは問題ない。変装した中身さえ知られなければ。
「わたしは大丈夫?」
「あぁ。髪の色が変わるだけで、だいぶ印象が変わるな」
いつものリリーの姿も、髪の色を変えただけ。それでもリディアとしての姿とつながっていないことから、髪色だけでも変装する価値はあると思った。あとはローブを目深にかぶってできるだけ顔を隠すだけだ。
「行きましょうか」
ガレンとともに歩き出し、オークション会場を目指した。
*
会場は異様な雰囲気だった。乱暴者たちほど素顔のまま。身なりのいい人間ほど仮面やベールで顔を隠す。独特の匂いが漂い、大声で喧嘩している声とひそかに語り合う静かな声が共存する。
そんな雰囲気の中、リディアは会場の片隅に立った。
「座らないのか?」
不思議そうなガレンに
「オークションに参加するわけではないもの。野次馬は立って見るものでしょう?」
と答える。その言葉通り、明らかに金を持っていない野次馬と思わしき人々は、席には座らず立ってステージを囲んでいた。
「リリーがいいならいいけどさ……」
なぜか不満そうなガレンに、
「座りたいの?」
と聞いた。
「いや、リリーには座る権利くらいあるだろって。リリーの商品を売るんだろ」
「わたしが売るわけじゃないし、今回は関与してないわよ。ただの野次馬と一緒だわ」
そう言った時、会場が暗転した。いよいよ始まる。
「ようこそ、秘密のオークション会場へ。ここで見聞きしたことは、この場限り。無粋な詮索はお控えくださいますよう、お願いいたします」
立派な身なりの男が両手を広げて観客たちを歓迎する。
「それでは、本日も特別な品々を揃えております。今日この日が、皆様にとってとっておきの宝物と出会える良き日となりますように」
宝物か。闇オークションで取引されるものが「宝物」となる人が、ここにはいるのだろう。
「それでは、とある由緒正しい貴族家に伝わる秘宝から参りましょう!」
堂々とした挨拶の後、商品が運び入れられた。
*
「それでは、お次の品へ」
いくつかの商品が買い叩かれた。まだアッシュラインは登場しない。ガレンが飽きて大あくびをしている横で、リディアは会場を見渡した。
この中にリディアが取引する人々はいるだろうか。リディアの耳に入るのだから、きっと彼らも「ブラックリリーのアッシュラインがオークションに出品される」という噂を聞いているだろう。
「続いては、昨今世間を騒がせる武器のご紹介です」
その言葉で、ステージに視線を戻す。
「それは、指ひとつで大男さえも倒すといわれる、特別な武器。ブラックリリーといえば、ご存知の方も多いのではないでしょうか」
会場の空気が揺れるのがわかった。まるで、これを待ちわびていたかのように。
「そのブラックリリーから、アッシュラインのご出品です!」
「おぉ!」
誰からともなく歓声があがった。
大きなワゴンに乗せられて運ばれてきたもの。確かに遠目から見れば、アッシュラインだった。
「リリー」
ガレンの言葉を、リディアは静かに止めた。
「……いいのかよ、あれ。どう見ても偽物だぞ」
ガレンが声を潜めて尋ねる。
「わたしが買うわけではないもの」
リディアはそう答えた。
「それでは、金貨20枚からのスタートです!」
「50!」
始まった瞬間、倍以上の金額が飛び出す。普段のアッシュラインが金貨5枚で売っているのに対して、一気に10倍の値段がついた。
「55」
「60」
「70!」
次から次にあがっていく値段に、会場も盛り上がっていく。
末端の犯罪者や傭兵たちは容赦なく振り落とされ、身なりのいい貴族たちがこぞって金額をあげていく。
滑稽だった。かつてリディアを見下していた貴族が、ありもしない証拠をでっちあげてアルセイン伯爵家を陥れた者たちが、大金を出してリディアが作ったものを求める。
それが偽物だと言ったら、どうなるだろう。
いや、教えてやるものか。こんなオークション会場なんかで貴重な本物は出回らない。そうなるように、リディアが操作しているのだから。
「金貨100枚まで参りました! 他にはいらっしゃいませんか?」
ふっと笑みがこぼれた。こんな人たちに、父や兄は殺されたのか。馬鹿らしくて、同時にそんな人たちを下にしていることが誇らしかった。
「金貨150枚でご入札!」
声高々に宣言されたその言葉に、野次馬から歓声があがった。
「帰りましょう」
リディアは踵を返した。
「いいのか?」
「えぇ。見たいものは見られたもの」
そう言って視線を揺らした先。その光を、彼女の目は見逃さなかった。
小公爵だった。ブラックリリーを追っているというその人が、確かにそこにいた。
来ていたのか。きっとブラックリリーがこの場に顔を出すと信じて。
「リリー?」
「なんでもないわ」
その横顔をそっと一瞥し、リディアは会場を出た。
「なんか、嫌だな」
「何が?」
帰り道、ガレンが言った。
「あれだけの金額で売れたのに、リリーには金貨1枚も入らないだろ」
「オークションってそういうものよ」
アッシュラインの価値をわかっているからこその言葉。
「リリー、値上げしてもいいんじゃないか?」
「考えておくわ」
彼にいつ尻尾をつかまれるか。その時、自分はどうするのだろう。不安とも恐怖とも言えない感情が、心の中でぷっかり浮いていた。




