↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/73

56 黒いローブ


 地下室で本を読む。いつも通りの日常でありながら、リディアはいつも通りではなかった。


 ふとした瞬間に視線が揺れ、栞に目が向く。ピンクの薔薇の花びらで作った押し花の栞を見る度に、胸が痛みを訴えるのだ。


 初めての経験だったが、これが病気ではないことをリディアは知っていた。もっと鈍感ならよかったと、何度思ったことか。


 彼が向けてくれたものにも、自分のこの感情にも、気づかないくらい鈍感だったら。そうしたら、きっと迷いなくリリーとして動けたのに。


「リリー」

 ハッと顔を上げた。さっきまでいなかったノエルが地下室に戻ってきていた。


「大丈夫か?」

「……えぇ」


 答えはわかっている。だからこそ、誰にどう相談したらいいかわからない。貴族社会に明るくて1番親身に相談に乗ってくれそうな兄にリリーのことを話すわけにもいかないし、リディアの計画を知っているガレンやノエルにも話せずにいた。


「これ」

 ノエルが差し出したのは、下町で使われている目の粗い羊皮紙。文字は書かれていない。ガレンからの呼び出しだ。


 それはいつものもの。でも、いつもとは違った。


『オークション』


 ただそれだけ。ガレンやリオではない。イレーヌの文字にしては、彼女の乱雑さがない。きっと誰かに代筆させたもの。だから詳しく書けなかったのだろう、と想像できた。


「また何かあったみたいね」


 リディアはそう言って、地下室を出た。部屋に戻り、伝書魔法の準備をする。ガレンに伝わるのは数字だけ。だから、明日の日付と鐘の回数だけを書いて、窓から飛ばした。


 地下室に戻り、鞄に武器と薬を詰める。


「取引か?」

「わからないわ。でもそうなってもいいように準備をしておこうと思って」


 オークションという単語から想像できるものは多すぎる。何があってもいいように。その横顔は、先ほどまでの感情に揺さぶられるリディアではなくなっていた、


*


 翌日、リディアは散歩と称して馬車で出かけた。いつものように下町でガレンと合流する。


「何があったの?」

「リオからの情報で、オークションでアッシュラインが売られるって噂があるって」

 なるほど、そういう意味だったのか。


「リオに話を聞きに行くわ」

 そう言って、歩き出す。


「オークションに武器が出るのって悪いことなのかしら」

 その道中、リディアはガレンの意見を聞いた。


「リリーが決めていいんじゃないか? リリーは転売を止めてないし、高額で取引されるならアッシュラインの価値はさらに上がるだろ」


 それだけなら、きっと止める必要はない。


「ただ問題は、オークションは金さえ出せば誰でも手に入れられるってところだ。それこそリリーが売るつもりのない末端の犯罪者が簡単に買えてしまうかもしれない」


 確かにその可能性もある、とリディアは納得した。


「リリーは、オークションに参加したことはないのか?」


「チャリティーオークションなら定期的に開催されているみたいだけど、参加したことはないわね。それとは違うのでしょう?」


「あぁ。リオの言い方的に、闇オークションだと思うぞ」


 貴族の間で時々開かれるオークションが、寄付を前提としたチャリティーオークション。高額な商品を競り落とせる財産はアルセイン伯爵家にはないし、参加する意味はないと思っていた。

 しかし、闇オークションというものもあるのか。違法なものが取引される場なのだろう。


「あとはマフィアがどう思うかだな」

「問題があるの?」


「リリーと直接取引してるやつらは、オークションで誰でも買えるっていうところき腹を立ててもおかしくない。リリーに選ばれたっていう自負があるからな」


 ブラックリリーに選ばれて直接やり取りをしている。その自負があるからこそ、ブラックリリーに選ばれていない人間が同じものを持つことに抵抗がある。それは想像できた。


「少し考えるわ」

 でも、すぐには決断できなかった。


*


「リリーさん、闇オークションの件、知ってた?」

 リオはすぐさま尋ねた。


「知らなかったわ。教えてくれてありがとう」

 リディアはそう言ってさっそく報酬を支払う。


「放っておいていいの?」

「わたしは特に困らないのだけれど」


「そっか。じゃあいいんだ。リリーさんが嫌かなと思って、急いでガレンさんに知らせたんだよ。代筆屋には口止め料を払ってるから、安心してね」


 やはり代筆屋を使ったものだったらしい。口止めといっても、オークションという言葉だけで探る人はいないだろうが。


「マフィアが嫌がるんじゃないかってガレンから聞いたのだけど、リオはどう思う?」


 裏社会の情報に詳しいリオの意見を尋ねると、

「たぶん、気にしないと思うよ」

 と答えが返ってきた。


「だって、オークションってことは定価の何倍も高いと思う。リリーさんから直接買えば何倍も安く買えるんだから、マフィアたちはそれで得してるんじゃない?」

「そうね」

 リオの意見もまっとうだった。


 じゃあどうするか。リディアは少し迷い、

「そのオークション、いつかわかる?」

 と聞いた。


「たぶん10日後のオークションじゃないかな」

 リオの「たぶん」はほぼ正確な情報と信じていい。


「そう。じゃあわたしも参加するわ」

「わぁ、楽しそうだね」


「でも、リリーだとバレるのは面倒だから、変装する。ガレンも変装してね」

「はいはい」


 初めてのオークション。わくわくしていた。


「ありがとう、リオ。助かったわ」

 そう言ってリオの店を後にする。市場を歩いていると、ある店が目に入った。


「これ、いいわね」

 店頭に飾られていた黒いローブ。変装に最適だった。


「いただけるかしら」

 リディアの楽しそうな笑顔に、ガレンは呆れていた。


*


「ノエル、このローブに魔法陣を描いてほしいのだけど」

 帰宅したリディアは、 さっそく地下室に持っていく。


「どんな?」

「この赤いローブと同じもの。これは黒髪にしてくれるんだけど、髪色は他のがいいわ」

「わかった。やってみる」


 ノエルの返答に迷いはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。