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55 黒百合の揺らぎ


 朝、いつもより少しだけ気だるかった。きっと気のせいだと言い聞かせ、リディアはいつも通りに起きる。

 今日はリオに先日の調査結果を聞く日。取引ではないが、下町に行くのだからだらしない顔はできない。


 出かける前に、地下室に行く。ガレンに渡しておく分の武器と弾を補充するためだ。


 いつも通り武器作りに勤しむノエルの横で商品を整理していると、

「遠距離からピンポイントであてられるのって役に立つか?」

 ノエルに聞かれた。また新しい武器の相談だろう。


「そうね。暗殺向きだと思うわ。マフィアは買ってくれるんじゃないかしら」

「ならいい」


 武器を生成する魔法陣の解析に成功して以降、ノエルの新作は止まらない。導魔液で魔法陣を描くノエルに、

「どうやって改造してるの?」

 と聞いてみた。


「この部分変えたら、音が消せる」

 魔法陣を指しながら、ノエルが説明してくれる。


「こっちは反動を司る部分。ここを書き換えたら反動が消える」

「いろいろあるのね」


 リディアに詳しいことはわからない。ノエルの頑張りを理解しようと思ったが、頑張っているということしかわからなかった。


「アッシュラインは足りてるか?」

「えぇ、十分よ」


 冒険者に売るだけでなく、マフィアに対してもアッシュラインが1番売れている。ノエルが新作を開発する隙間で量産してくれているおかげだ。


「……貴族には、売らないんだよな?」

 ノエルの声が小さくなる。不安そうに確かめるその言葉に、

「えぇ」

 リディアは迷わず頷いた。


「わたしからは売らないわ」

「……それなら、いい」


 貴族に武器を流しているのは、おそらくギャングチーム。リディアが売ったブラッドハウンドだと断言できるが、責める気はない。むしろアッシュラインが違法とされた時、彼らが捕まればいい。リディアが守るべきなのは、ガレンやノエル、リオやイレーヌという仲間だけなのだ。


*


 赤いローブを羽織ったリディアが門を潜る。ガレンと合流して、いつもの市場に向かった。


「リオから何か聞いた?」

「ブラックリリーを探ってる貴族がわかった、とだけ。だからリリーを呼んでくれって言われた」


 ガレンから白紙の手紙が届いたのは数日前。それを受けて、いつも通り待ち合わせ日時だけ指定した。


「聞かなかったの?」

「俺が聞いたところで意味はないからな。それをどうするか判断するのはリリーだ」


 全ての責任を丸投げしているような言葉。リディアとしては、ガレンが知ったところで特に不都合はないのだが、ここまでの徹底した忠誠心は嬉しいことだ。


「その貴族、どうするんだ? 潰すのか?」

「どうすると思う?」

「貴族のことはわからないからな。リリーの家の権力で潰せるんだったらいいけど、俺の方が使えるんだったら使ってくれよ」


 ガレンが真剣に訴える。


「……心配しなくても、わたしの家にそんな権力はないし、ガレンを使うことはないわよ」


 権力がない、なんて。そんな言葉、言いたくなかった。父や兄は気にしないだろうが、貴族としては恥ずべきことだ。


「なんで?」

「ガレンに傷ついてほしくないから」

 その言葉に、迷いはなかった。


「俺は平気だって」

「あなたが平気でも、わたしが嫌」


 はっきり紡がれた言葉に、ガレンが悔しそうに顔を歪める。だから、リディアは笑った。


「それに、使えるものは他にあるの。わたしたちがわざわざ手を汚す必要なんてないわ」

 その綺麗な笑顔に、ガレンが苦笑する。


「お得意様か」

「そうよ」


 恩を売る気はない。ただ、彼らに噂を流すことはできる。その噂を聞いた彼らを煽ることくらい、今のリディアには家の権力を笠に着るよりずっと簡単なことだった。


「やぁ、リリーさん」

 いつもの場所で店を開くリオに、

「用件は?」

 とさっそく聞く。


「お願いされてたの、情報を集めてきたよ」

「早いのね。助かるわ」


 そう言って、さっそく金貨を渡す。彼を信頼しているからこそ、彼が持ってくる情報に嘘はないと信じている証だ。


「リュセール公爵家」

「……っ」

 一瞬、ドキっとした。


「って、知ってる?」

 なんだ、違うのか。


「えぇ、知ってるわ」


 リディアはそう答えながら、ドクンドクンと脈打つ心臓を止められない。この嫌な予感が当たらなければいいと願った。


「リュセール公爵家の人間が探ってるらしい、っていう。噂の範囲を出ないくらいだけど」

「……確かなの?」

 リディアの声が震えていた。


「たぶんね。情報筋は確かだよ」

 リオははっきりそう答えた。


「顔色が悪いね。リリーさんの知り合い?」


 リリーの正体が伯爵令嬢ということはガレンとノエルしか知らない。リオには伝えていないが、彼なら知っていてもおかしくないとも思っていた。


「知ってはいるけれど」

 おそらくリディアの所作から、貴族であることは知られている。だから、それを隠す気はなかった。


「有名な人よ。強敵だわ」

「……ふぅん」

 誤魔化せているだろうか。


「リリー、潰すか?」

 ガレンが聞いてきた。

「マフィアに急いで伝えてきてもいいけど」


 少し迷った。わずかにでもリディアにたどり着く可能性があるなら、牽制だけでもしておく価値はある。でも、何かがリディアを止めた。


「……いいえ」

 小さく呟くように答える。

「今はまだ、いいわ」


 あの文通が、もし意味のあるものだったら。もし探られているのだとしたら。そう考えた時、胸の奥がズキンと痛んだ。


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