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54 違和感


 取引を終えたリディアは、少しだけ気を抜いた。ガレンと2人きりて歩くこの瞬間だけは、安心できる。

 他愛ない会話をしながら、目指すのはイレーヌの研究所。


「はい、いつものね」

 いつも通りの薬を受け取り、報酬として金貨を渡す。


「資金に困ってはいないかしら」

「えぇ、十分よ。闇市の頻度が低いのが問題かなぁ。でも、リリーじゃどうしようもないでしょ」

「そうね」


 イレーヌの薬の素材は、闇市で買うことも多いらしい。そういう時に使われるのが、リディアが渡している金貨たちだ。


「そういえば、最近良くない噂を聞くけど、大丈夫?」

 イレーヌが言い出した。


「良くない噂?」

「貴族向けカジノで売られている薬とか、貴族がブラックリリーを探してるとか。あなたのことでしょう?」


 ブラックリリーを探す貴族の話はともかく、カジノのこと噂が流れているのか。


「大丈夫よ。あなたに繋がることはないから、安心して」

 リディアがそう告げると、イレーヌは安心するように笑みをこぼす。


「気をつけてね。あなたみたいなパトロンがいないと、わたしの研究は成り立たないんだから」

「そうね」


 ツンと鼻をさす薬草の香りを嗅ぎながら、リディアはイレーヌが出してくれたハーブティーに口をつけた。

 

*


「ガレン、貴族はあなたにも接触するのよね?」


 イレーヌの研究所を出たリディアは、市場に向かって歩きながらガレンに尋ねた。


「あぁ。武器を売ってくれって言ってくるやつらだな」

「その人たちはわたしを探してるの?」


「いや。それよりもブラックリリーの武器を売ってくれるなら誰でもいいって感じだ」

「……そうよね」


 カジノで声をかけてきた男たちも、ブラックリリーの正体を探っているわけではなかった。


 イレーヌの言葉は、ブラックリリーを探っているわけではなく、ただ武器や薬を探している人たちのことだったのか。それなら、リディアが深く気にすることではない。


 しかし、何かが引っかかる。リオなら何か知っているだろうか。そう思って、いつもの市場に入った。


 いつも通り活気のある市場。野菜や果物を売り込む店主に、お喋りを楽しむ女性たち。おもちゃを持って走り回る子どもたちも。そんな平和な中、リディアはリオの店の前に膝を曲げる。


「いい商品はあるかしら」

「どうかな、リリーさんのお眼鏡にかなうといいんだけど」


 相変わらずひょうひょうとしている彼は、嬉しそうに笑う。


「リオ、ブラックリリーを探ってる貴族って心当たりある?」

 並べられた商品を見ながら、そう尋ねる。


「んー、たくさんいるとは思うけど。リリーさんの武器は貴族にも人気らしいからね。最近は薬の方も」

「ありがたいことにね」


「貴族から依頼される仲間もいるみたいだけど、誰もリリーさんにはたどりつけないね。ガレンさんまでならみんな知ってるみたいだから、ボクも教えてるよ」

「それは別にいいわ」


 ガレンを信頼して窓口を任せていることは納得している。不安はあるが、ガレンが大丈夫と言うからその言葉を信じていた。


「武器や薬がほしい、以外でわたしを探してる人っていないわよね」

「ありえないんじゃないかなぁ」

「それならいいの」

「調べようか?」


 リオがそう言ってくれた。


「……そうね」

 少し考えて、頷く。

「無理はしなくていいわ。危険がない範囲で調べてくれる?」

「うん、任せて」


 リオは躊躇うことなく頷いた。危険を承知でやっていることだからと、リディアもあまり強くは言わない。


「リリー、俺も気をつけた方がいいことはあるか?」


 ガレンの問いに、

「貴族が会いに来た時、いつもはなんて答えているの?」

 と聞いておく。


「転売屋だな。ブラックリリーじゃないし会ったこともないって。俺が売るのは冒険者仲間にだけだから、顔も知らねぇお貴族サマに売るものじゃないって追い返してる」


「脅してくる人はいない?」

「いないな、まだ」


 まだお行儀のいい貴族がガレンに目をつけているのだろうか。


「それならいいわ。現状を続けて、もし売れって命令してくる人がいたら、危険そうなら売ってもいいから。ガレンが危ない目に合うよりマシよ」


「別に脅してきたやつの腕をへし折るくらいできるけど」

「貴族本人じゃなくておつかいでしょう。逆上して何されるかわからないわよ」


 そういう輩はガレンではなく、絶対に売ってくれる人から買っているのだろう。ガレンをトカゲの尻尾にするつもりはないし、安全なところにいてほしい。非情になりきれないリディアは、彼らが傷つけられないように祈った。


*


「おかえりなさいませ」

 馬車で帰ると、侍女が歩み寄ってきた。


「小公爵様からお手紙とお花が届いております」

「……そう」


 もう何度目かわからない文通。添えられた花は、ピンクの薔薇だった。


『この花を気に入っていたと妹から聞きました。あなたのお心を癒せますように』


 小さな花束に添えられたカードに、リディアはふっと微笑む。かわいい花だ。こんなかわいらしいのは、エステルにこそ似合うもの。


「お返事を書くわ」


 リディアにとって、文通は接待だった。格上の人間の機嫌を損ねないために義務的に付き合うもの。


 でも、なぜだろう。手紙に染み付いた彼の香水の香りに、胸がざわつく。それがどんな意味なのか、リディアは知らないふりをした。


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