53 三つ巴
ブラックリリーが取引をする3つのマフィアは、いろんな特徴がある。それは取引の現場で顕著に現れていた。
*
ノワールローズのたまり場は西通りの酒場。正統派と言われる通り、伝統を守る組織だ。マフィアという名にふさわしい強面の男たちが集まり、取引の場でも威圧する。
「本日は何をお求めになりますか?」
常に多くの構成員に囲まれる中、リディアはいつも通り微笑む。
「……」
ノワールローズのボス、ヴィクターは、すぐには答えない。リディアの顔色を探るようにじっと見つめる。その意味を聞いた事はないが、他の顧客がどれくらい買っているのかを見極めているのだろうと思う。
だから、リディアは表情を崩さない。何も悟らせないよう、穏やかな微笑みを浮かべる。
「アッシュラインとファントムシェルを10丁ずつ」
「ありがとうございます」
その言葉に答えて、リディアは商品を準備する。鞄からひとつひとつ取り出しながら、机に並べていく。
「売れているのか」
ヴィクターの言葉に
「おかげさまで」
と答えた。
「お客様がたくさん買っていただけますから」
ヴィクターは優位に立ちたがる。ブラックリリーを手中に収めておきたいらしい。
そんなことは、リディアが許さない。だから、他にも客がいることを伝える。
「我々より多く買う者がいると?」
「どうでしょう。差額を計算したことはありませんわ」
ノワールローズは使える。古くから権力を持っていて、裏社会での影響力を無視できない。だからこそ、へりくだることも、見下すこともしなかった。
「薬もあるか」
「えぇ。3種、揃えております」
「サイレントドロップとベルセルクアッシュを20ずつ」
「かしこまりました」
優位に立ちたいからこそ、トップの顧客であり続ける。そんなヴィクターの購買意欲を煽るのは、難しくも楽しかった。
商品と交換された大量の金貨のずっしりとした重みに、リディアは笑みが漏れた。
*
続いて訪れたのは市場から少し外れた路地の商会が所有する建物。マフィア、グレイウルフのボス、グレンとの取引場所だ。
グレイウルフは構成員の多くが武力に強いという武闘派のため、この商会のような綺麗な建物を根城にしているわけではない。ただ、グレンはそんな武闘派集団を束ねているとは思えないほど頭脳派の人間。フロント企業の商会長を務める彼の執務室が、舞台だった。
「ノワールローズはいくら買いましたか?」
グレンはノワールローズへの敵対を隠さない。ヴィクターのようにブラックリリーの上位に立ちたいわけではなく、あくまでもノワールローズよりも多く武器を仕入れたい、という取引。
「お客様の情報は漏らせませんわ」
リディアは綺麗に微笑み、彼が望む武器を机に並べていく。グレイウルフは薬を使わない。求めるものも武器ばかりだ。
「ノクターンもいただきましょう」
「かしこまりました」
連射性能を持つ消音銃ノクターンを買うのは、グレイウルフだけだった。いったいどこで使っているのだろう。
貴族の屋敷がひとつ買えるような値段のものを、安易に貴族に売ったりはしないはず。だから、その使い道を尋ねることはなかった。
「誰がどのくらい買っているかを教えていただければ、もっと買うのですが」
「まぁ……十分買っていただいているではありませんか。グレンさんは、間違いなく大切なお客様のうちのおひとりですよ」
「大切なお客様、ね。特別な、ではないのですね」
「ふふ」
意味深な含み笑いがこぼれる笑みに、グレンはメガネの奥の目を細くする。冷たく鋭いその視線に、リディアは怯えない。
「身体を強化する薬がありましたね」
「ベルセルクアッシュですか?」
「あぁ、それです。それもいただきます」
「ありがとうございます」
リディアの綺麗な笑みに、グレンは肩を竦めた。
*
次の取引の前に、リディアは覚悟を決める。
「大丈夫か?」
宿屋の前に立って深呼吸をするリディアに、ガレンが苦笑していた。
「大丈夫よ」
しっかり答え、その扉を開ける。フロントに立つ女性は既にリディアの顔を覚えていて、すぐに奥の部屋に通す。
「あら、リリー。来たのね」
シャドウドラゴンのボス、シャルカは、相変わらず足が出た異国の服を着ていた。
「商談に参りました」
「まぁ、そんな硬いことは言わないで、座りなさい」
いつもの椅子を勧められる。柔らかいクッションが入ったそれに座ると、いつも通り、少年がお茶を運んだきた。
「お注ぎします」
「ありがとうございます」
こういう接待は、何度受けても慣れない。他の2つと違って、ここは、同じ取引とは思えないほど異様な雰囲気だった。
「いつも飲まないのね。白茶はお嫌い?」
「そのようなことはありませんが」
「あぁ、お酒の方がいいかしら」
「シャルカさん」
ここで主導権を手放してはいけない。シャルカのペースに飲み込まれたら最後、娼館のような空気に飲まれてしまう。
「新しいお薬をお持ちしました」
「いいわね。どんなの?」
シャルカは動揺することなく微笑んだ。
「ヘイズ・グラス」
机に置いたのは、スポイトつきの乳白色の液体が入った小瓶。
「意識の境界を曖昧にする、いわば自白剤です」
「あら……」
シャルカからリクエストされていたものを、イレーヌが作ってくれた。きっと大金で買ってくれるだろう。
「この液体を目に入れてください」
「へぇ、目に入れるなんて、おもしろい薬ね」
「より効果的に使う方法です。飲んでもかまいませんが、効果は薄いかと」
「わかったわ」
小瓶を手に取ったシャルカが、液体をゆらゆら揺らす。情報に強いというシャドウドラゴンは、武器よりも薬を求める。きっとこれで、また新たな情報を掴むのだろう。それがリディアに流れてくるなら、薬を売った意味があるということ。
「じゃあ、難しいお話はここまで。ねぇ、リリー、たまにはお酒でもいかが?」
「申し訳ございません。この後も予定が入っておりまして」
「あら、残念」
きっとシャルカには嘘だと伝わっている。それでもいい。一緒にお酒を飲む気にはなれないということさえ伝わっていれば。
「次はあなたの好みのタイプでも聞かせてほしいわ。可愛い子も綺麗な子もいるのよ」
「また次の機会に」
リディアの返答に、シャルカはおもしろいと目を細めた。




