52 追跡者の心境
ブラックリリーという名前が貴族社会に広まっていく。そのことに危機感を覚えているのは、きっと自分だけ。ジュリアンはそう思っていた。
ブラックリリーの武器が貴族に出回って、多くの貴族が「護身用」として武器を携帯する。
元々短剣などを家宝として大切にする家門もあれば、護身用に剣やナイフを携帯する貴族はいた。でも、それが得体の知れない武器となれば、話は別だ。
国に進言して違法化してもらうか。しかし既に貴族が持っている以上、反発されることは予想できる。貴族に広まってしまったことで、憲兵に取り締まれと命じることもできなくなってしまった。
「ジュリアン様?」
その声に、ハッと顔をあげる。
「またブラックリリーのことをお考えですか?」
呆れたような視線に、ジュリアンは少しため息をこぼす。
「仕方ないだろう。ここまで調べて手がかりがないんだから」
「ないこともありませんが」
ブラックリリーを摘発する。それは今のジュリアンの一番の目標。とはいえ公爵家の跡取りとしての仕事もある。それひとつにかかりきりになることはできなかった。
「貴族にも冒険者にも武器をばらまくなんて、捜査されているのがわかって撹乱しているみたいだ」
「実際そうなのでは? ここまで情報を掴ませないのですから、腕利きの情報屋が仲間にいるんでしょう」
まだジュリアンが個人的に情報を集めている段階。捜査というほど広くもやっていないし、どうやって気づいたのかわからない。
「冒険者に武器を売っているという男に会ってみたらいかがですか?」
「貴族には売ってないんだろ」
「そのようですね」
ブラックリリーの唯一の手がかりは、冒険者の男。素材を買い取ったりアッシュラインという武器を売ったりしているという噂はあるが、きっとリーダーではない。彼を捕らえたところでトカゲの尻尾切りになるだけだろうと踏んでいた。
それに、その男に接触して武器を買おうとしている貴族もいるらしいが、誰も本人から買えていないという。その男は「仕入れた武器を転売してるだけ」「ブラックリリーという名前は聞いた事があるが会ったことはない」と言っているらしい。
珍しい武器を転売して小銭を稼ぐのは金に困った冒険者なら普通にやりそうだし、素材を買い取るのも高値で買い取ってくれる売り先があればやるだろう。だからこそ、真相はわからない。
「アッシュラインを取り寄せてみますか?」
エドガーが言い出した。
「どんな武器なのか知ることも、ブラックリリーを捕らえる一助にはなりそうですが」
「……我々もギャングから買うと?」
清廉潔白な貴族なんていない。犯罪組織とつながっている貴族も少なくない。それがわかっていても、ジュリアンは悪と手を組む気にはなれなかった。
「ジュリアン様とわからないようにすることはできますよ。時間と手間はかかりますが」
「いいよ、別に。ほしいわけじゃない」
護身用の武器は持っている。安全性もわからないような怪しい武器を買う必要はない。
「では、憲兵から押収品を回収しますか?」
確かにそれが正しいのだろう。しかし国から捜査を命じられているわけでもないため、本当に正しいルートなのかわからなくなる。
そもそも憲兵は押収を命じられているわけではないため、正当な理由で押収されているものは少ないだろう。憲兵が自分のものにするために、押収ということにして犯罪者から奪ったという可能性もなくはない。
いろいろな理由が重なって、これが正当なものなのかわからなくなってきた。
「カジノの方はどうなってる?」
最近はカジノ周りも騒がしい。体裁だけは大事にするはずの貴族たちが暴力騒ぎを起こしたり、病的なまでにお酒に溺れる者が増えたり。
話を聞く限り、カジノに現れるという赤いローブの女が売っているという薬が怪しいと思っていた。そう思ってカジノにも数日通ったのだが、噂の女とは会えず。おかげで寝不足な日々が続いた。
「進展はありませんね。赤いローブの女の目撃情報も限られています」
「そうか……」
もしそれがブラックリリーだったら。その疑念が拭えなかった。
同じことを考えて武器を買いにいった貴族もいるらしいが、売ってもらえなかったらしい。違うのか、とぼけられたのか。気になることが多すぎて、普段の仕事が手につかない。
そんな中での癒しは、意中の相手との手紙のやり取り。
『おすすめしていただいた本、読んでみました。とても素敵な物語でした』
その1文だけで心が踊る。いろいろ考えすぎた時は、彼女からの手紙を開く。上品にほのかに香る花のような香水の匂いが肺を満たし、暖かい息がこぼれる。
「アルセイン伯爵令嬢にお手紙を書かれますか?」
エドガーにも知られているらしく、ジュリアンが煮詰まった顔をすると、必ずそう聞いてくる。
「あぁ、そうしよう。ピンクの薔薇が好きだと妹から聞いたから、今度の手紙に添えてみようと思ってるんだ」
「そうですね。珍しいお花なども喜ばれるのでは?」
「確かに……。どちらにしようか。どっちなら彼女は喜んでくれるかな」
大変な仕事の中、彼女との手紙のやり取りだけが、ジュリアンの癒しだった。




