51 知られゆく黒百合
「ご存知ですか?」
その日はお茶会に呼ばれていた。
「ブラックリリーという商人がいるらしいですわ」
「武器や薬を売っているとか」
「怖いですわね。気をつけなきゃ」
そこに参加しているのは、皇帝派と中立派の家門の令嬢ばかり。貴族派はお茶会どころではないらしい。珍しくエリスの姿もなかったため、無駄な敵意を向けられる心配はないとリディアは安心できた。
裏社会と繋がっている貴族派がいない場で、こんな噂が流れる。貴族社会にもブラックリリーの話が広まってきた。
「実は、私のお父様が……」
ひとりの令嬢が言い始めた。
「ブラックリリーの武器を買ったんです」
「まぁ……!」
それを聞いて、令嬢たちが驚いた。
「正規のルートで買ったと聞きました。他の家門の方も持っているから、と」
正規のルートとは、いったいどこのことだろう。リディアやガレンが売っていないのに、何が正規なのだろう。
腐敗しているのは、貴族派だけではない。皇帝派にも、裏社会とつながりを持っている貴族がいる。
「実は私も、兄に実物を見せてもらいました」
誰かが買ったという噂ひとつで、こんなにも一気に広がるのか。さすがに貴族への販売は止めるべきだったか。ブラッドハウンドは言うことを聞くような集団ではないし、そもそも取引をやめるべきかもしれない。
武器の話に怯えながらも盛り上がる令嬢たちのそばで、リディアはそんなことを考えていた。
*
「どういうことだ」
自宅の地下室に行くと、ノエルが怒っていた。
「貴族には売らないって言ってただろ。これは貴族を殺すためのものだって」
貴族を殺す。それを目標に武器作りに励んでいたノエルの耳にも、貴族がアッシュラインを持っているという噂が入ったらしい。
「落ち着いて」
リディアはふっと息を吐いて、椅子に座った。
「わたしは売ってないわ」
「でも流れてるんだろ」
「そうね」
「リリーの管轄外で流れてることが問題なんじゃないのか?」
「管轄外ではないわ。こうなることも予想してた。想定以上ではあるけど」
予想以上に早かった。ただそれだけのこと。ブラッドハウンドが貴族とつながっているとわかっていたうえで、リリーは武器を売ったのだ。
「お前は、貴族に売るための武器を、オレに作らせていたのか?」
それは、悲しみに満ちた声だった。
「貴族を殺せるって言ったじゃないか。だから従ったんだ」
「間違ってはいないわよ」
リディアは落ち着いていた。
「貴族にとって、アッシュラインは武器じゃない。ただの装飾品。宝石と同じなの」
「……それがなんだ」
「使い方も知らないのに、それで人が殺せると思う?」
静かに紡ぐ言葉に、ノエルが耳を傾けるのがわかる。
「あなたが銃口を向けた相手は、自分が殺されることを知る。でも、抵抗手段は知らない。ポケットにアッシュラインが入っていたとしてもね」
ノエルの絶望に沈んだ目に、少し光が戻る。
「今までと変わらないでしょう? あなたが作る武器は、必ず貴族を殺せるわ」
「……そう、なのか?」
ノエルは貴族社会を知らない。貴族社会から早いうちに追放され、貴族を憎んで育った人間だ。だから、リディアの言葉を信じるしかない。
「そうよ」
だから、リディアの声に迷いはなかった。
「貴族に流れているのはアッシュラインだけ。それ以外を流すつもりはないわ。だから、ノエルは好きなだけ研究して、好きな武器を作って。それがいつか、貴族に向く日がくるから」
ブラックリリーの最初の商品アッシュライン。性能は悪くないが、ノエルのおかげでその後開発していった武器の方が特徴があって性能も上だ。型落ちした過去の武器しか手に入れられない武器よりも、常に最新式を持つ裏社会の方が力を持つのは、当然の理だった。
「今は何を作ってるの?」
「……遠距離射撃」
リディアの問いに、彼は小さな声で答えた。
「連射はできないけど、遠くからピンポイントを狙える。何かに使えるかなって」
「使えるわ。わたしが売れば、マフィアは上手に使ってくれる。無駄にはさせない」
ノエルがその言葉に縋るしかないことを、リディアはわかっていた。
*
「リディア、疲れてないか?」
兄が心配して声をかけてくれた。
「えぇ。大丈夫ですわ、お兄様」
リディアは笑顔で答える。あんなに体調を崩してしまったのが久しぶりで、兄を心配させているのだとわかっている。だから無下にはしなかった。
「最近は怖い噂も多いからね。社交界に出るのはいいけど、気をつけるんだよ」
どうやら兄の耳にも噂が入っているらしかった。
「お兄様は」
だから、聞いてみたかった。
「武器が、ほしいですか?」
貴族の流行にのることのない兄が、珍しい武器という噂をどう捉えているのか。それが知りたかった。
「ほしくないよ」
兄の返答に躊躇いはなかった。
「人を傷つける道具なんて、この世からなくなるべきだ」
争いを嫌い、人を疑うことさえ知らない、アルセイン伯爵家の嫡男。まさか妹がその武器を作って売っているなんて、きっと夢にも思っていないのだろう。
「でも、みんな持ってるって言ってました。護身用としてひとつくらい持っていてはいかがですか?」
「必要ないよ。護身用の武器は、国に認められている短剣だけで十分だ」
まるで、アッシュラインが今後国に禁止されると予見するかのような口ぶり。
「聞けば犯罪者から広まった武器だと言うじゃないか。そんな危ないもの、持ちたいとは思わないよ」
「……そうですね」
「リディアも興味を持っちゃいけないよ。リディアの綺麗な手は、人を傷つけるために使っちゃダメ。人を助けるために使いなさい」
それが父と母の教え。兄はその教えを忠実に守っている。リディアだって昔はそうだった。
『それだけじゃ、足りないんですよ、お兄様』
その言葉は、口をついて出てこなかった。




