50 貴族を蝕むもの
昼間、馬車が行き交う貴族街の通りを、リディアは歩いていた。赤いローブで髪色を変えたリリーの姿で。
「ガレン、アッシュラインの売れ行きはどう?」
隣を歩くガレンに、リディアは尋ねた。
「よく売れてるな。犯罪者が持ってる珍しい武器っていう噂は元からあったし、前からほしかったって人が多い」
「そう」
冒険者の中には傭兵として荒事に従事する人たちもいるというし、犯罪者という同じ荒事を生業とする輩が持っているものはほしくなるものらしい。
「売り上げはあとで送る」
「そうね。半分でいいわ」
目的地は貴族たちが集まるカジノ。以前撒いた種がどうなったか、確認しにいくためだ。
本当ならカジノは人の出入りが多い夜に行く方がいいのだが、夜中に家を抜け出すなんて、そう何度もできるわけではない。兄に見つかれば厳しく叱られることだろう。
幸い貴族街のカジノは昼間でも開いているし、昼間から賭け事やお酒に耽る貴族も少なく無い。今回はその層を狙うことにした。
「貴族には売らない方がいいんだよな」
歩きながら、ガレンがそんなことを言い出した。
「……ガレンに接触する貴族がいるの?」
「あぁ。たぶん本人ではないだろうけど。明らかに身なりが綺麗な輩がな」
ガレンがブラックリリーの窓口として置いているとはいえ、貴族に接触させるのは危険ではないのか。目的のためなら手段を選ばない人だっているのに。
やっぱり窓口にしたのは間違いだったか。リオのようにガレンに何かあったら、リディアは絶対に自分を許せない。
「リリー」
その時、ガレンがリディアの顔を覗き込んだ。
「俺は後悔してないからな」
「……どういう意味?」
「俺はリリーの役に立ててうれしいんだ。その分の報酬ももらってる。リリーやリオと違って多少の暴力には慣れてるし、必要ならリリーがくれた武器を使う。だから、リリーが気に病むなよ」
それは、明るい笑顔。その顔に、嘘はなかった。
「わかった」
だから、リディアも微笑んだ。
「無茶はしないで」
「わかってる。けど、それはお互い様だからな」
「そうね」
お互いに無茶はしない。お互いを悲しませないために。それが2人の信頼関係だった。
*
「おい、お前!」
カジノでバースペースに座った瞬間、男にがしっと肩を掴まれた。
「待ってたんだぞ!」
目の下にできたくまと、げっそり痩せた頬。明らかに正常ではなかった。
「この前のやつ、売ってくれ!」
これがエデンネクターの効果。恐ろしかった。健康だった若者を、ここまでに変えてしまうものなんて。
「……ふふ」
でも、そんな恐怖なんて、見せなかった。
「落ち着いてくださいませ」
肩を掴んだ手をそっと払い、リディアは綺麗に微笑む。
「以前お売りした商品、エデンネクターをお求めのようですね」
「あぁ、そうだ」
「前回のは初回限定の値段でしたので、少々お高くなりますが」
「かまわない」
「ありがとうございます」
この人は、確か大量購入した男爵。安いうちにと大量に買ったのだろうが、その分飲む頻度が増えてしまっているらしい。
「おい、この前の、売ってくれ」
「かしこまりました」
それからも何人か客が来た。少量しか買わなかった客は、見た目はまだ健康そうだった。しかし大量に買っていくところを見ると、依存してしまっているのだろう。
「あんたがブラックリリーか?」
そう声をかけてきたのは、貴族派の伯爵だった。
「名乗る必要がありますか?」
リディアは微笑んで答える。
「これ、知ってるか?」
彼が差し出してきたのはアッシュラインだった。
「あら……」
誰から買ったのだろう。ガレンは貴族には売っていないだろうし、ブラッドハウンドからだろうか。ブラッドハウンドに接触したメアリウス子爵も貴族派の家門だし、貴族派には広がっていると見てよさそうだ。
「これを売ってるの、お前か?」
「いいえ」
リディアの返事は決まっていた。
「わたしはただの薬売り。それはまた別の方でしょう」
リディアの方から直接貴族に売るようなことはしない。リディアがマフィアやギャングに売った武器が貴族に流れるのは止めないが、リディアの裏の姿であるリリーとアッシュラインが直接つながるのは避けたかった。
「そうか」
男はガレンに視線を移す。きっとこの男の耳には、ガレンが冒険者にアッシュラインを売ったという情報も入っているに違いない。それでも、まだ誤魔化せる。
「では、その薬とやらを買おうか」
「まぁ、よろしいんですか?」
「流行っているようだからな。試しに10個ほど」
「ありがとうございます」
10個もあれば、この男を奈落に突き落とすのに十分だ。流行りに乗らなければ、社交界の仲間に入れない。その貴族なら逃れられない風習が、リディアの商品を広めてくれる。
「なんだ、商人がいるのか?」
リディアの商品をほしがってバースペースに人が集まっているのを見て、カジノに来ていた他の貴族たちも寄ってくる。
「えぇ。お酒がおいしくなるお薬を売ってるんです。ぜひおひとつ、いかがですか?」
ここで飲んでみせるというデモンストレーションは必要なかった。なぜなら周りに飲んでいる人がたくさんいたから。彼らがそれは毒ではないことを示している。
前回は夜だったが、昼間にもカジノには多くの貴族が出入りしているらしい。闇に溶け込むつもりもなく、平民に課した重税から得た収入で昼間から豪遊する人々に、「かわいそう」などという気持ちはなかった。




