49 小さなお茶会
「リディア姉様!」
リュセール公爵家を訪れたリディアに、エステルが駆け寄ってくる。
「お招きありがとうございます、エステル様」
リディアは膝を折って彼女に視線を合わせた。
エステルからの招待状が届いたのは数日前のこと。『お茶会に招待します!』という元気のいい招待状だった。
彼女はお茶会のつもりらしいが、社交界デビューをしていない以上これは社交界でいう正式なお茶会ではない。ただ訪ねる家は公爵家という格上ということもあって、リディアとしてはやや困惑した。
「リディア嬢」
そこに現れた公爵夫人には、完壁なカーテシーで挨拶する。
「娘のわがままに付き合ってもらってごめんなさいね」
「あら、お母様。リディア姉様は、わたくしのお友達ですよ?」
友達と言えるのだろうか。何かと縁のあるリュセール公爵家だが、特別な繋がりは今のところない。
「公爵夫人、体調を崩されていたと聞きましたが、もうお元気なのですか?」
「えぇ。少し気分が悪かっただけなの。あなたこそ大変だったって聞いたわ」
「ご心配をおかけして、申し訳ございません。もう問題なく、社交界にも復帰できます」
「それはよかった。ジュリアンがひどく心配していたの。お花を贈りたいんだけど迷惑にならないかとか、何を贈ればいいかとか、いろいろ相談されたのよ」
届いた時には熱も下がっていて起き上がれるくらいではあったが、病床に伏すリディアの心を確かに癒してくれた。
「ありがとうございます。とても素敵なお花でした」
公爵夫人が選んだものだとしたら、それもそうかと頷けた。
「リディア姉様、こちらにいらっしゃって。今日のお茶は、わたくしが選んだのよ」
「楽しみですわ」
来年から社交界にデビューするとは思えない砕けた口調に、リディアは頷いた。
案内されたのはかわいらしい部屋だった。おそらくエステルの自室で、かわいらしく飾り付けられていた。
「素敵なお花ですね」
そばに置いてあった花瓶を見ると、
「そうでしょう?」
エステルは得意げに目を輝かせた。
「我が家の温室で育った薔薇なんです。こんなに綺麗なピンク色にするの、普通は難しいんですって!」
「そうなんですね。エステル様のお部屋にとてもよく合っていますわ」
「あとでリディア姉様にもプレゼントいたしますね!」
「ありがとうございます」
テーブルに用意されていたのは、かわいらしいクッキーにケーキ、それにフルーティーな香りの紅茶。よくあるお茶会のラインナップだった。
「リディア姉様、いかがですか? このお茶、おいしいと思いませんか?」
「えぇ、とても美味しいですわ」
他愛のない会話をしながら、お茶とお菓子を楽しむ。お菓子はどれもおいしくて、きっと公爵家の料理人は伯爵家で雇っている料理人より腕がいいのだろう、などと考えていた。
「最近、お兄様が忙しいみたいなんです」
世間話の中で、エステルが言い出した。
「危ない人を捕まえないといけないんだって教えてくれました」
「大切なお仕事ですね」
「はい! いつもうるさいしすぐ怒るけど、お仕事はちゃんとしてるって、お母様が言ってました」
きっと兄妹仲は悪くないのだろう。うるさいとかすぐ怒るとかは、兄妹喧嘩の範疇か。
「最近はカジノに行ってるみたいです。危ない人がカジノにいるのかなぁ……」
「寂しいですか?」
リディアはカップを置いてふっと笑った。
「別に、そんなことないです! いない方が静かだし、怒る人もいないし!」
その姿は、昔の自分と重なった。リディアは兄と年もそれほど離れていないし、それなりに仲はよかった。でも過保護な兄の小言が鬱陶しくて、わざと兄から離れたこともあった。
エステルと小公爵はかなり年が離れてるが、きっと仲はいいのだろう。彼は妹も大切にしている人なんだな、と遠いところで考える。
「お兄様って、うるさいんですよ。ちょっと早足で歩いただけで走っちゃダメって言うし、ちょっとお喋りしただけで大きな声で喋るなって」
「わかりますわ。わたしの兄もそうでしたもの」
「本当ですか?」
「えぇ。小さい頃はよく喧嘩しましたわ」
それを聞いて、エステルは嬉しそうに目を輝かせる。
「そうですよね! やっぱり、どこのお家も兄ってうるさいものなんですね!」
「そうですね」
「でも、お兄様はきっと一番ですわ。リディア姉様のお兄様は、お優しいでしょう?」
「えぇ、とても」
「いいなぁ。お兄様を交換したいくらいです!」
そんな何でもないお喋りも、楽しかった。他の令嬢たちのように侮蔑されることも揶揄われることもない。ただ純粋にお喋りを楽しめるお茶会。そんな気を張らない社交界というのは、初めてのような気がした。
*
「リディア姉様、もうお帰りになるのですか?」
帰る時、エステルが寂しそうにリディアの手を取った。
「またお誘いしますね。また遊びに来てくださいね」
「えぇ、もちろん。今度は我が家にもご招待いたしますわ」
「わぁ、嬉しい! 楽しみですわ!」
妹ができたみたいで嬉しい。公爵令嬢を妹と言うのは不敬な気もするが、彼女は許してくれそうだ。
「あ、そうだ。お花、ぜひ持って帰ってください!」
「ありがとうございます。お部屋に飾りますね」
リディアの返事に、エステルは笑う。その笑顔は、まだまだ無邪気な子どものようにあどけなかった。




