48 商人の一手
「リオが取引の前に来て欲しいって」
いつもの赤いローブで門をくぐったリディアに、ガレンが言った。
「珍しいのね」
リオやイレーヌに会う予定を入れるのは、いつも取引の後。取引の後の方が報酬を渡せるからという名残で、今は取引の金額なんて気にしなくていいくらいのお金がある。だから、それに問題はなかった。
「なんかいい情報が入ったんじゃないか?」
「楽しみだわ」
そう言って歩き出す。ガレンは隣を歩きながら、
「体調はもういいのか?」
と聞いてきた。
「えぇ、すっかりね」
「イレーヌに効果を伝えておくか?」
ごく普通の世間話をするように。2人の間で交わされる会話は、いつも物騒だ。
「あら。イレーヌさんが原因だと言いたいの?」
「どう考えてもタイミング的にそうだろ。エデンネクターの症状は?」
「1回使っただけでそんな効果が出ないことは、ガレンも知ってるでしょう?」
あの薬は回を重ねるごとに依存していく。最初は軽く酔うようなものだし、ちゃんと解毒薬も飲んだはずだ。
「心配しないで。もう無茶はしないわ」
「次からは俺が飲むからな」
「はいはい、わかったから」
心配性なガレンを、大型犬を相手にするように窘めながら、リディアは笑った。
「でも、そうね。興味深いデータとしては、イレーヌさんに伝えておいた方がいいかもしれないわ。あとでそっちにも行こうかしら」
「わかった」
そんなことを話していれば、すぐに市場についた。
「やぁ、リリーさん。ご無沙汰だね」
「忙しかったのよ」
短く答え、商品を見るふりをして、リディアは
「何かあったの?」
と尋ねる。
「ブラッドハウンドって覚えてる? ギャングの」
「えぇ」
前に注意して見ていてほしいとリオに依頼したチームだ。前世でリディアの家族を殺した実行犯たち。武器を売って泳がせながら、彼らに命令した人間を探していた。
「貴族と接触してたよ。メアリウス子爵って人だって」
「リオが調べたの?」
意外だった。リオは貴族街に入るとは思えないし、貴族の情報は貴族に詳しい情報屋仲間から買っていると言っていた。
「ボクひとりじゃないけどね。貴族の情報を持ってる仲間と一緒に」
「協力するのね、情報屋って」
「そりゃあいろんな情報を持ってないといけないから。持っている情報は積極的に交換するよ。助け合いなんだ」
中抜きされるからギルドに入りたくないと言っていた彼も、人付き合いはできるのか。
「よくやったわね」
リディアはいつもより多く金貨を渡した。
「ありがとう、リリーさん」
相変わらずお金をもらうと嬉しそうな笑顔。
メアリウス子爵は貴族派閥の中でも過激な人。リディアの父を仲間に引き入れようと家に来た時もあった。その時はリディアが牽制したが、彼ならやりそうと思っていた。
メアリウス子爵が犯罪者と通じているのは事前に知っていたし、それがギャングチームだったとしても不思議ではない。問題は、あの日、ブラッドハウンドに依頼した人物かどうか。
「どんな会話をしていたか知ってる?」
「会話が聞こえる距離まで近づくと危ないから、そこまでは。でも、何かを買ってるみたいだった」
「買ってる? どっちが?」
「子爵サマだよ。お金をブラッドハウンドに渡して、何かを受け取ってた」
受け取れるもの。少し離れたところから見てもそれがはっきりわかるもの。
「……アッシュライン?」
リディアはそう呟いて、ガレンを見た。
「だろうな」
ガレンもそれに同意した。
ブラッドハウンドに卸しているのはアッシュラインだけ。他の高性能な武器はマフィア限定だし、アッシュラインを売りに行った時には相当な量を買っていたから、貴族に高値で売りつけることくらいはするかもしれない。
「止めるか?」
ガレンの問いに、リディアは少し迷った。
本来、武器は裏社会のためだった。マフィアが広めるくらいならそれは彼らの範疇だと認める気でいたが、ギャングとなると話が違う。信頼関係がないのだから。
「アッシュラインくらいなら」
いずれ存在を知られた時には、きっと貴族もほしがるだろうと思っていた。むしろリディアがメアリウス子爵にアッシュラインを見せたこともあるくらいだし、ある程度は広まった方がリディアが持っているということもかき消せるかもしれない。
「まだ放置でいいわ。でも、引き続き注意しておいて」
「わかった」
リオが頷くのを見て、リディアは移動した。
「ちょっとくらい牽制してもいいかしら」
「リリーの好きにしたら?」
ガレンの言葉を信じ、西通りの酒場を訪れる。
「リリーさん!」
今日が取引の日だと知って待っていたのか、ルノワールが駆け寄ってきた。大きなしっぽをぶんぶんと振る犬の姿と重なる。
「ごきげんよう。ヴィクターさんはいらっしゃいますか?」
「はい! 中で待ってます!」
「ありがとう」
酒場に入る1歩前で、リディアは足を止める。
「そうそう」
そして、ルノワールを振り返った。
「ブラッドハウンドを紹介してくださったのは、ルノワールさんでしたね」
「うす。何かあったっすか?」
「何かって程でもないのですが……、最近、少し目立った動きをされたみたいで。乱暴な方が多くて困りますね」
リディアは困ったように笑った。
「マジか。すいません。オレから言っておきます」
紹介した責任なのか、ルノワールは神妙な面持ちで頷いた。
*
「では、本日のお取引はこれで」
鞄を閉じ、リディアはヴィクターを見る。相変わらず感情のわからない怖い顔で、リディアを見据えていた。
「本日もお買い上げ、ありがとうございました」
わざとらしいカーテシーを見せて帰ろうとしたところで、
「ブラッドハウンドを潰してほしいのか?」
ヴィクターがそう聞いてきた。
少し視線を動かして、構成員の中に紛れるルノワールを見る。自信満々の笑み。報告しておきました、とでも言わんばかりに。
ノワールローズに依頼してしまうと、対等な関係が崩れてしまう。それを避けたかったから、個人的に愚痴をこぼすまでに留めておいたのに。
「潰してほしい、だなんて」
そんな予想外の行動にも、リディアは動揺しなかった。
「ギャング相手に、そんな恐ろしいことは言えませんわ。わたしはただの商人ですもの」
優位には立たせない。あくまでもリディアが上に立ち続ける。
「ただ、ヴィクターさんがお困りになるかと思いまして」
「なぜだ」
「貴族が武器を持つということは、憲兵にも流れるかもしれません。憲兵がアッシュラインを持ったら……ね?」
アッシュラインの強さは、彼らが実感している。それを、マフィアの敵である騎士団や憲兵が手にした時、彼らは何を考えるだろう。
「ご安心ください。憲兵が心おきなく使えるほどの数は売っていませんので」
「……そうか」
ヴィクターはそう頷いた。
「では、本日はこれで」
酒場を出たリディアは、少し歩く。
「ガレン、冒険者としてアッシュラインは使える?」
酒場を離れたところで、リディアは聞いた。
「あぁ。今でもひとりで依頼を受けた時はこっそり使ってる」
「じゃあ、他の冒険者たちは買ってくれると思う?」
ガレン以外の冒険者。貴族にバレたのなら、憲兵や騎士団に違法とされるのも時間の問題。その前に、違法な裏社会の組織だけでなく、合法な職業である冒険者にも広めてしまおう。そんな算段だった。
「買うだろうな。さすがに金貨5枚は高すぎるが」
マフィア相手には強気の値段で。でも、さすがに冒険者たちが持つには高価すぎる。
「じゃあ3枚でもいいわ。量はあるし、安くていいから売ってくれるかしら」
「俺が?」
「えぇ。できるでしょう?」
既にブラックリリーの仲間として認識されているガレンなら、彼がブラックリリーの武器を売ったところで不思議には思わないだろう。
「冒険者用のアッシュラインはあとで郵送するわ。使い方は既存のものと一緒。本体も弾も、値段はガレンに任せるから」
「わかった」
ガレンなら横領する心配もないし、過度に高くすることも安くしすぎることもないだろう。そんな信頼を感じ取ったのか、ガレンは嬉しそうに笑った。




