43 ガレンの一日(外伝)
朝、窓から差し込む陽の光で目を覚ます。乱暴にブランケットを跳ね除けて起きた彼は、目の粗い安布を脱ぎ捨て、大して変わらない冒険者用の服に着替えた。
動きやすく収納も多い服は、オシャレよりも機能性重視。ポーションや短剣を入れるポケットもついていて、お気に入りだ。最近は剣以外の武器も持ち歩いているため、それらを隠せるポケットは多い方がいい。
彼の家は、集合住宅の一室だった。冒険者の給料で安く借りられるのがここだった。
いろんな理由で収入が増えた今は郊外の家なら買えそうだが、元々の暮らしのレベルをあげることはかなり難しい。この狭い家が自分の身の丈にあっていると思えた。
そんな家にも、最近、新しい住人が増えた。
リビングの片隅に置いてある水瓶の水で顔を洗い、かつて物置となっていた部屋を見る。扉は閉まったまま。まだ起きていないらしい。
気ままな行商人は、朝に弱いらしくこの時間に起きていることはほとんどない。時間に縛られる職業でもないため、特に干渉することはなかった。
彼と一緒に暮らし始めたのは、雇い主からの命令だった。
『ガレンと一緒に暮らしなさい』
断る理由はなかった。働いているとはいえ子どもを野放しにしている方が危険だし、なんなら危険に巻き込まれた後なのだから。
孤児院で預かってくれるのは多くが10歳まで。10歳を過ぎれば住み込みの見習いとして就職するのが普通。彼の生まれは知らないが、行商人をしているのは自分の意思なのだろう。そしてきっと、情報屋も。
危険だとわかっていながら、生活のために職に就く。もっと安全で安定した仕事もあるはずなのに。それは、きっと情報屋が楽しいから。
ガレンだってそうだ。10歳で孤児院を出てからずっと冒険者として働いてきた。危険な仕事を受けるかわりに報酬は多いし、その方が早く妹と暮らせると思った。
実の妹ではない。孤児院で妹のようにかわいがっていた女の子がいた。いたずら好きのお転婆な子だった。孤児院を出てからも兄妹として暮らせたら。そう思っていたのだ。
*
家を出た彼は、近くのパン屋でパンを買う。これが、彼の朝食。
「ガレン!」
その時、近くを通りかかった冒険者仲間が駆け寄ってきた。
「探してたんだぞ! これ、ガレンに売りたくて」
それは魔獣から採れる魔石だった。
「サンキュ」
そう言って銀貨を渡す。
「よっしゃ。じゃあ、また頼むな」
「あぁ」
またひとつ、素材が手に入った。あとで他のと一緒に届けよう。
ガレンの冒険者としてのランクはB。それなりに高い方だが、このランクでは取れない素材もまだあって、そういったものを買い取りという形で手に入れられるのは助かっていた。
ガレンの雇い主である彼女は、そこまで見越してのことだったのだろうか。貴族の娘で、なんでもそつなく完璧にこなす彼女なら。
いや、きっとそんなことはない。完璧に見せるのがうまいだけで、たまに子どものような拙い部分が隠せていない。冒険者についてもほとんど知らないようだし、ランクによって倒せる魔獣に差があることもきっと知らないだろう。
ギルドを訪れ、掲示板に貼られた依頼の中からランクにあったものを取る。
「頼む」
受付に差し出すと、
「ガレンさん、あんたには必要ないんじゃないか?」
受付係に苦笑を向けられた。怪我で引退した元冒険者だった。
「羽振りのいい仕事をしてるらしいじゃないか。こんなものでちまちま稼ぐ必要もないんだろ?」
「ハハッ」
ガレンは笑った。
「何もしないと腕がなまりそうなんだ。雇い主を守るためにも、ある程度の実力は維持しておかないとな」
ギルドに睨まれているのは知っていた。今までギルドが冒険者から「処分に困るものを引き取る」として受け取っていた素材を、今はガレンが高値で買い取っているのだから。
「そりゃあ、あんたの新しいお仲間に守ってもらえばいいんじゃねぇか?」
「あいにく、あちらさんはただの取引相手でな。雇い主の意向で、勝手に甘えるわけにはいかねぇんだよ」
マフィアに守ってもらうなんて、考えたことはない。雇い主が対等に取引しようとしている関係を、勝手に動いてどちらかに傾けたくはなかった。
*
冒険者としての仕事を終えたガレンは、日も高い内から家に帰る。冒険者業の荷物の代わりに、今度は別の荷物を持ち出す。まずはそれらを持って郵便局へ。
「アルセイン伯爵家の下働きのノエル宛てに頼む」
「かしこまりました」
受付嬢とはもう顔見知りも同然で、最初は冒険者が貴族の家に送るなんてと不審な顔をされたが、今となっては受け入れてもらえる。下働き宛てと明言しているのも、受け入れられる原因だろう。
「速達ですか?」
「いや。通常で」
自分で集めた素材や他の冒険者たちから買ったものをまとめて郵便局に預けた。
続いて向かうのは、南の通りの外れ。イレーヌの研究室だ。
「イレーヌ、進捗は?」
「もうすぐできるわよ」
ガレンが来ても見向きもしなくなった背中に、ガレンは尋ねる。
「リリーが来るのは、次はいつ?」
「4日後だな」
「じゃあその時までには作っておくわ。受け取りにきてって伝えてくれる?」
「あぁ」
月に一度、取引のために下町に出てくる雇い主。彼女のために、スケジュールを組んでおく。
「あと、これ。置いておくからな」
「あぁ、ありがと」
雇い主から預かったイレーヌの研究費用を机に置き、ガレンは研究室を後にした。
次は市場へ。朝は部屋から出てくる気配もなかったリオも、この時間はもう市場に店を開いていた。
「あ、ガレンさん」
ガレンを見つけると、彼は嬉しそうに笑った。「むさくるしい男は嫌だ」なんて言ったくせに、こんなに明るい笑顔を見せるのは、お金のためなのだろうか。
「いつものな」
「ありがとう」
彼に渡したのは、雇い主から預かっている「情報を守る」報酬。リリーの噂を他に流さないかわりに、定期的にこうしてお金を渡す。
「何か買っていく? おまけするよ」
「いや、別にいい」
そう言いながら商品に目を落とした時、綺麗な緑色が目に入った。
「あ、それ、気になる?」
その小さな視線の動きを、商人は見逃さない。
「リリーさんの目と同じ色。プレゼントしてあげたら喜ぶんじゃない?」
宝石でも何でもない、ただ緑色に塗られただけの石。こんなものは、リリーには似合わない。それでも、これを喜ぶ人を、ガレンは別に知っていた。
「これ、包んでくれ」
「まいどー」
あとで花でも買っていこう。これと一緒に見せに行ったら、重い土の下で笑ってくれるかもしれない。
「おい」
市場を歩いていると、声をかけられた。ガレンの名前を呼ばない男たち。その風貌で、一目でわかった。
「いつもの」
「あぁ」
荷物の中から麻袋を取り出し、金貨と交換する。
「よく買いに来るな。抗争でもやるのか?」
「……商人に言う必要が?」
「ないな」
「そっちがその気なら、値切ってもいいんだぜ」
「あいにく俺は値段を下げる権利は持ってないんだ。ボスの意向に逆らうとどうなるか、あんたたちも知ってるだろ」
グレイウルフは武闘派ということもあって、弾の消費量が多い。いったいどこで使っているのだろう。
彼らを見送り、夕食のために近くの酒場にでも入ろうかと考えていると、
「ガレン!」
今度は別の男。腰に巻いた赤いガラスは、彼の所属を示す。
「ルノワール」
「いつもの、売ってくれ」
「あぁ」
今度はノワールローズか。2つとも精力的に活動しているところだ。
「なぁ、リリーさんの家、教えてくれない?」
「なんでだよ」
「いや、押しかけたりはしないよ? でもさ、花を届けたら喜んでくれるかな~とか。最近貴族街で流行りのお菓子とかでもいいんだけど」
ガレンの雇い主に惚れているらしいこの男は、どうにかして振り向かせようと必死だ。貴族の後ろ盾くらいは感じ取っているだろうが、まさか彼女が貴族とは思ってもいないのだろう。
「なぁ、いいだろ?」
「無理だね」
ガレンはあっさり告げた。
「ケチくさいな~」
そう言って、取引を終えた彼は去っていった。
今日もたくさん儲けた日。ほとんどは雇い主に渡すが、その内いくらかはもらえる。だから、今日の夕食は少し豪華にしよう。安い酒場でも、エールとラガーでは大違い。たまには贅沢してラガーを飲んでみようか。そんなことを考えながら、ガレンは沈み始めた日の下を歩いた。




