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41 赤いリボン


 ぱぁぁっと淡く光る魔法陣。それもリディアにとっては日常のことで、気にせず読書を続ける。


 地下室での読書はもう日常だった。ノエルも何も言わないし、気にする様子もない。武器を量産するノエルのそばは、自室よりも居心地がよかった。


 魔法陣の光が何度も見えるのは、繰り返し実験しているからだろう。リディアにはわからないが、魔法陣の模様を変えることで武器の構造が変わるらしい。


「リリー」

 その時、ノエルが口を開いた。

「できた」


 ぱたん、と本を閉じ、リディアはノエルを見る。


「何が?」

 彼の手にあったのは、また形が違うものだった。


「連射できるやつ」

「そんなこともできるのね」

「あぁ。一応ファントムシェルと同じ消音も入れてみたけど」

「ガレンに今度試してもらうわ」


 性能を確かめたら、これも売れそう。ノエルはリディアが携帯できる武器を開発したがっているが、こういうマフィアがほしがる派手な武器の方がリディアは嬉しい。きっとグレイウルフはたくさん買ってくれそうだ、なんてことを考える。


「リリー、楽しそうだな」

 それを見て、ノエルが言った。


「どうして?」

「笑ってただろ」


 そんなつもりはなかった。でも、なんとなく、自分でもわかっていた。


「楽しいわ」

 この武器たちが売れる瞬間が、マフィアがこぞって買い求めるあの瞬間が、リディアは楽しかった。


*


 それは、ある日のお昼すぎのことだった。ランチを終えて自室でくつろいでいたリディアの元に、ノエルがやってきた。


「お嬢様、お好みに合いそうな本があったのでお持ちしました」


 地下室以外でのノエルは、礼儀もしっかり身についた執事の見習いのようだ。下町で剣を作っていた頃とは比べ物にならないくらい。


 リディアのことも「お嬢様」呼びで、敬語も使える。きっと元々少しだけ教育を受けていたのだろう。


「ありがとう」


 リディアが本を受け取ると、その隙間に赤いリボンが挟まっていた。そのページを開いてみると、白い紙。ガレンがリディアに会いたいという時にノエル宛に送る、秘密の暗号だった。


 これだけならまだいい。リディアが日時を決めて、伝書魔法で日にちと時間をガレンに送って待ち合わせるだけ。


 でも、気になった。いつもはリボンなんてつけないはずだ。

 何かあったのだろうか。このリボンに込められた意味とは。

 そんなことを考えても、わかるはずがなかった。


「お散歩がしたいわ」

 門に行けばガレンが待っているかもしれない。無駄足になるかもしれないが、何もなければそれでいいのだ。


「ノエル、ついてきて」

 リディアはそう言って準備を始めた。


 屋敷の玄関に出た時、ちょうど兄が職場から帰ったところと鉢合わせた。


「リディア、外出?」

「はい、お兄様。少しお散歩に行こうかと」

「それなら一緒に行くよ」

「え」


 これにはさすがに驚いてしまった。


「そんな……。お仕事でお疲れのお兄様を連れ出すわけにはいきませんわ。もう慣れていますし、お兄様が心配するほどでは」


「そんなに疲れてないし、たまには妹と出かけたいんだ。ダメか?」


 ダメかと問われれば、答えがない。ここで「ダメ」と言える言い訳は思いつかなかった。


「お兄様が下町にいらしても、あまり快く思わないのでは?」


 悪あがきのようにそう言ってみても、

「そういうところに妹を送り出す兄の身にもなってほしいね」

 と返されてしまう。下町の人間を見下すような貴族とは違うし、きっと差別や偏見なく見て回るのだろう。


「……わかりました。では、ぜひご一緒に」


 ノエルも連れていくから、ガレンに指示を出せればそれでいい、ということにしておく。もし取引関連だったらどうしよう。リディアが直接行く必要がある場合でも、ガレンに指示を出せればうまくやってくれるだろうか。


 少し心配はあったが、ガレンを信じるしかなかった。


*


 下町に出る門の入口で、馬車を降りる。兄の視線が逸れた隙に、リディアは馬車の中で準備したメモをノエルに渡した。


「ガレンに伝えて」

 ノエルは何も言わずに頷く。ガレンは字が読めないが、ノエルが中身を伝えてくれるはずだ。


 門を出ると、すぐにガレンの姿を見つけた。待ち合わせしているわけでもないのに。やはり何かが起きているらしい。


 しかしガレンは、リディアは気づかない。いつものように赤いローブを羽織っているわけでもないし、髪色も違うからか。この姿で会ったことはあるが、それは一度だけ。覚えていなくても仕方がない。


「お兄様、市場に行きませんか?」

 リディアは彼から視線を外し、兄に微笑みかけた。


「あぁ、いいね。たまには串焼きでも食べてみるか」

「まぁ、お兄様が串焼きなんて」

「リディアはいつも何をして遊んでるんだ?」


 そんな話をしながら、市場をのんびり歩く。


「随分活気があるね」

「えぇ。いつもこんな感じで、とても楽しいです」

「確かにね」


 途中で露店により、ラムの串焼きを買う。兄は躊躇いなくかぶりついて、

「うん、塩気がきいていておいしい。たまにはこういうのも悪くないね」

 と笑っていた。


「リディアはいつも何を食べてるの?」

「リンゴですわ」

「リンゴ?」

「えぇ。果物屋で売ってあるのが、とても赤くておいしそうなんです」


 下町でリンゴを食べたことなんて一度しかない。でも、確かに一度はある。だから、嘘ではない。


「あ、お兄様、あちらに旅芸人が来ているみたいです。行きませんか?」

 リディアは兄の手を引いて人だかりの中に入った。


 芸人を見る兄を横目に、リディアは視線を逸らす。広場から少し外れた路地にガレンが立っていた。


 兄は芸人に夢中。今がチャンスかもしれない。

 リディアはそっとその場を離れ、ガレンに駆け寄る。


「ガレン」

「びっくりした。そうして見ると貴族だな」

「なんでもいいわ。用件は?」


 時間はない。あまり離れていて兄に気づかると、探されるだろうから。


「リオがさらわれた」

「は?」


 予想外だった。そんなこと、予想してもいなかった。


「ギャングだ」

「ブラッドハウンド?」

「いや、他のところだな。アジトに身代金を持ってこいって」


 リディアのツテがないからか。武器がほしいのか。それともただのお金目的か。

 そんなことを考えている暇はなかった。


「ガレンに渡している分で足りそう?」

「あぁ。けどあげていいのかわかんなくて。リリーならもっといい解決方法があるかと」


「汚い真似をする連中に気を使う必要はないでしょう。身代金は渡していいわ。あとで補填するから、ガレンが払っておいて」

「わかった」


 ガレンの返答に迷いはなかった。


「リリーはしばらく市場を見て回るのか?」

「少しね」

 散歩を口実に出てきているため、すぐに帰っては兄に怪しまれる。


「じゃあリリーを見届けたら渡しに行く」

「別にわたしを見ている必要はないでしょう」

「護衛は?」


 そうだ。ガレンは、下町でのリディアの護衛として雇ったんだった。


「今日はお兄様が一緒だし、必要ないわよ」

「あの貴族の坊ちゃんか? あんな細腕で役に立つとは思えないが」


 荒事が苦手な兄が役に立つとは、リディアも思っていない。それでも、女ひとりで出歩くよりはずっと安心だ。


「牽制にはなるでしょう。それに、わたしはファントムシェルも持ってるわ」


 何かあった時のために、必ずポケットに入っているリディアの武器。引き金を引いたことはないが、使い方は知っている。


「……じゃあいいけど。無茶はするなよ」

「わかってるわ」

 ガレンはそう言って路地の中に消えていった。


 ふっと息を吐き、リディアはすぐに兄の元へ戻る。兄はリディアを探してきょろきょろしていた。

「お兄様」


 リディアが駆け寄ると、

「リディア」

 兄がホッと目を緩めた。


「どこに行ってたんだ」

「ごめんなさい。もっと近くで見たくて」

「それならちゃんと声かけてくれ。いなくなったら焦るから」

「ごめんなさい、お兄様」


 兄に見せた笑顔は、先ほどのガレンの前とは全くの別人のようだった。


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