↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/73

38 死より重い薬


「ごきげんよう、ヴィクターさん」


 西通りの酒場。荒くれ者が集うその場所で、リディアはいつものように微笑んだ。


 月に一度、こうしてそれぞれのたまり場を訪問し、足りなくなった武器や弾丸などを補充する。これもまた、大事な「商売」の場だ。


 毎月のように大量注文するノワールローズは、ブラックリリーの最初で最大の顧客。ガレンから聞く限り、ガレンから弾を買う頻度もかなり高いようだ。その全体像は情報屋にさえも知られていないというノワールローズという組織の、いったいどこまでの人が武器を持っているのだろうか。


「アッシュライン20丁、ファントムシェル10丁ですね。お買い上げ、ありがとうございます」

 商品と金貨を交換し、リディアは手を止める。


「そういえば」

 鞄に手を入れ、その小瓶を握った。


「新商品があるんです。お話をさせていただいてもよろしいですか?」

 その不敵な笑みに、ヴィクターは反応しない。ただ黙って頷く。


「ありがとうございます」

 そして、3つの商品を並べた。

「とてもおいしくて、楽しいお薬ですわ」


 リディアはそう言って、まずひとつ、手に取った。遮光性の高い黒い小瓶。


「こちらはサイレントドロップといいます。ポーションと同じ治癒効果のあるお薬ですが、ポーションと違って魔法が発動する時の発光がありません。身を隠している時に傷を治すのに最適かと」


 ヴィクターの視線がギラりと光る。その有用性を見出すかのように。


「それから、ベルセルクアッシュ。痛覚や疲労を感じにくくし、超人的に動けるお薬です」

 丸缶にいれた灰色の錠剤を見せながら、


「粒が大きいようでしたら、砕いて飲んでもかまいません。効果は同じですから」

 これは試していない。ただイレーヌがネズミで試したという成果を信じることにする。


「いかがですか?」

 リディアの笑みに、ヴィクターの視線はもうひとつの商品へ向かった。


「それは?」


「あぁ、こちらは魔力を増強するものです。魔力を持っている人にしか効果がないのですが……、ノワールローズに魔力を持った方はいらっしゃいますか?」


 それにヴィクターは答えなかった。当然だ。魔力を持っているということは、つまり貴族の血を引いているということ。裏社会の人間が容易に口に出せることではない。


「全て30ずつ」

「ありがとうございます」


 でも、この答えでわかった。ヴィクターはリディアになら明かしてもいいと思ったらしい。それだけの信頼が築けた証。それは何よりも嬉しかった。


「グレイウルフにも売るのか?」

 商品を並べていると、ヴィクターがそう聞いた。


「どうでしょう」

 リディアはそっけなく答える。

「ほしいと言われれば、売ります。そうでないなら売らない。商人とは、そういうものでしょう?」


 マフィア同士はやはり争う関係なのだろう。リディアの武器を使って争っているのだとしたら、それなりの重傷者も出そうだ。


「ポーションを倍もらう」

「サイレントドロップですね。かしこまりました」

 今日もしっかり儲かった。商品と交換して得た金貨の重みに、リディアの心が高鳴った。


*


 次は、その足でグレイウルフが根城にする商会に向かう。武闘派マフィアというわりに、フロント企業として商会がまともに機能している、不思議なチームだ。


「ノワールローズはどれくらい買いましたか?」

 グレンはそう聞いてきた。眼鏡の奥の冷たい光に、リディアの背筋がぞくぞくする。


「お客様の情報は流せませんわ。商会長のグレンさんなら、わかっていただけますよね?」

「……そうですか」

 そう呟き、グレンはアッシュラインを握る。


「あなたには、これで脅しても意味がないのでしょうね」

 その銃身を撫でながら、彼は言った。


「試してみますか?」

 リディアは微笑みを崩さなかった。


「いや。無駄なことをする趣味はありません。サイレントドロップを100個、ベルセルクアッシュを50個、いただきます」

「ありがとうございます」


 マフィア同士が争ってくれるのはいいことだ。そうすることで、リディアの商品がどんどん売れていく。


*


 シャドウドラゴンにも売った帰り、リディアはそのままイレーヌの研究所を訪ねた。


「あぁ、きたの」

 ノックもせずに入ると、イレーヌが疲れた目をしていた。


「新しいお薬はできそうですか?」

「そうね」

「次も期待しています」


 そう言って、リディアは麻袋を机に置く。


「これは?」

「あなたのお薬を売って得た報酬です。これで全てではありませんが……、わたしが売ったのですから、山分けでもいいでしょう?」


 中身を確認したイレーヌが、一瞬固まる。


「こんなに?」

「足りませんか?」

 リディアの視線に、イレーヌが頷く。


「……十分よ」

「それはよかった。研究費用は足りていますか?」

「あなたからもらっているからね。これでまたいい素材が買えそうだわ」


 ガレンを通じて定期的にお金は渡しているし、問題なさそうだ。


「では、ひとつ依頼しても?」

「あの花を使った薬はちょっと待って。もう少しでできそうなの」

「それも必要ですが、違います」


 リディアの言葉に、イレーヌは首を傾げた。


「じゃあ、何?」

「貴族を殺す薬がほしいのです」

「……!」


 その瞬間、イレーヌの表情が強張った。違法な花を「自戒」としてそばに置くだけに留めている理性があるなら、「貴族殺し」の罪の重さもわかっているはずだ。


「生命の終わりだけが死ではありません。社会的、精神的な死もまた、貴族にとっては身体の死と同義です」

「……そういうこと」

「はい」


 本当に貴族を殺すわけではない。その言葉に、イレーヌは明らかにホッとする。


「わかった。少し時間をちょうだい」

「えぇ。期限は設けませんから、お好きなだけ研究なさってください。ただ、確実に効果のあるものを、お願いしますね」


 リディアの笑みに、イレーヌはそっとガレンに視線を逸らす。その瞳に映ったのは、不穏な相談に顔色ひとつ変えない、忠実な騎士のような姿だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。