38 死より重い薬
「ごきげんよう、ヴィクターさん」
西通りの酒場。荒くれ者が集うその場所で、リディアはいつものように微笑んだ。
月に一度、こうしてそれぞれのたまり場を訪問し、足りなくなった武器や弾丸などを補充する。これもまた、大事な「商売」の場だ。
毎月のように大量注文するノワールローズは、ブラックリリーの最初で最大の顧客。ガレンから聞く限り、ガレンから弾を買う頻度もかなり高いようだ。その全体像は情報屋にさえも知られていないというノワールローズという組織の、いったいどこまでの人が武器を持っているのだろうか。
「アッシュライン20丁、ファントムシェル10丁ですね。お買い上げ、ありがとうございます」
商品と金貨を交換し、リディアは手を止める。
「そういえば」
鞄に手を入れ、その小瓶を握った。
「新商品があるんです。お話をさせていただいてもよろしいですか?」
その不敵な笑みに、ヴィクターは反応しない。ただ黙って頷く。
「ありがとうございます」
そして、3つの商品を並べた。
「とてもおいしくて、楽しいお薬ですわ」
リディアはそう言って、まずひとつ、手に取った。遮光性の高い黒い小瓶。
「こちらはサイレントドロップといいます。ポーションと同じ治癒効果のあるお薬ですが、ポーションと違って魔法が発動する時の発光がありません。身を隠している時に傷を治すのに最適かと」
ヴィクターの視線がギラりと光る。その有用性を見出すかのように。
「それから、ベルセルクアッシュ。痛覚や疲労を感じにくくし、超人的に動けるお薬です」
丸缶にいれた灰色の錠剤を見せながら、
「粒が大きいようでしたら、砕いて飲んでもかまいません。効果は同じですから」
これは試していない。ただイレーヌがネズミで試したという成果を信じることにする。
「いかがですか?」
リディアの笑みに、ヴィクターの視線はもうひとつの商品へ向かった。
「それは?」
「あぁ、こちらは魔力を増強するものです。魔力を持っている人にしか効果がないのですが……、ノワールローズに魔力を持った方はいらっしゃいますか?」
それにヴィクターは答えなかった。当然だ。魔力を持っているということは、つまり貴族の血を引いているということ。裏社会の人間が容易に口に出せることではない。
「全て30ずつ」
「ありがとうございます」
でも、この答えでわかった。ヴィクターはリディアになら明かしてもいいと思ったらしい。それだけの信頼が築けた証。それは何よりも嬉しかった。
「グレイウルフにも売るのか?」
商品を並べていると、ヴィクターがそう聞いた。
「どうでしょう」
リディアはそっけなく答える。
「ほしいと言われれば、売ります。そうでないなら売らない。商人とは、そういうものでしょう?」
マフィア同士はやはり争う関係なのだろう。リディアの武器を使って争っているのだとしたら、それなりの重傷者も出そうだ。
「ポーションを倍もらう」
「サイレントドロップですね。かしこまりました」
今日もしっかり儲かった。商品と交換して得た金貨の重みに、リディアの心が高鳴った。
*
次は、その足でグレイウルフが根城にする商会に向かう。武闘派マフィアというわりに、フロント企業として商会がまともに機能している、不思議なチームだ。
「ノワールローズはどれくらい買いましたか?」
グレンはそう聞いてきた。眼鏡の奥の冷たい光に、リディアの背筋がぞくぞくする。
「お客様の情報は流せませんわ。商会長のグレンさんなら、わかっていただけますよね?」
「……そうですか」
そう呟き、グレンはアッシュラインを握る。
「あなたには、これで脅しても意味がないのでしょうね」
その銃身を撫でながら、彼は言った。
「試してみますか?」
リディアは微笑みを崩さなかった。
「いや。無駄なことをする趣味はありません。サイレントドロップを100個、ベルセルクアッシュを50個、いただきます」
「ありがとうございます」
マフィア同士が争ってくれるのはいいことだ。そうすることで、リディアの商品がどんどん売れていく。
*
シャドウドラゴンにも売った帰り、リディアはそのままイレーヌの研究所を訪ねた。
「あぁ、きたの」
ノックもせずに入ると、イレーヌが疲れた目をしていた。
「新しいお薬はできそうですか?」
「そうね」
「次も期待しています」
そう言って、リディアは麻袋を机に置く。
「これは?」
「あなたのお薬を売って得た報酬です。これで全てではありませんが……、わたしが売ったのですから、山分けでもいいでしょう?」
中身を確認したイレーヌが、一瞬固まる。
「こんなに?」
「足りませんか?」
リディアの視線に、イレーヌが頷く。
「……十分よ」
「それはよかった。研究費用は足りていますか?」
「あなたからもらっているからね。これでまたいい素材が買えそうだわ」
ガレンを通じて定期的にお金は渡しているし、問題なさそうだ。
「では、ひとつ依頼しても?」
「あの花を使った薬はちょっと待って。もう少しでできそうなの」
「それも必要ですが、違います」
リディアの言葉に、イレーヌは首を傾げた。
「じゃあ、何?」
「貴族を殺す薬がほしいのです」
「……!」
その瞬間、イレーヌの表情が強張った。違法な花を「自戒」としてそばに置くだけに留めている理性があるなら、「貴族殺し」の罪の重さもわかっているはずだ。
「生命の終わりだけが死ではありません。社会的、精神的な死もまた、貴族にとっては身体の死と同義です」
「……そういうこと」
「はい」
本当に貴族を殺すわけではない。その言葉に、イレーヌは明らかにホッとする。
「わかった。少し時間をちょうだい」
「えぇ。期限は設けませんから、お好きなだけ研究なさってください。ただ、確実に効果のあるものを、お願いしますね」
リディアの笑みに、イレーヌはそっとガレンに視線を逸らす。その瞳に映ったのは、不穏な相談に顔色ひとつ変えない、忠実な騎士のような姿だった。




