35 珍しい甘味
「リディア様」
エリスがゆったり歩いてくる。来客の応対をしていたリディアは、すぐに彼女に向き直った。
「エリス様、本日はお越しいただきありがとうございます」
「せっかく招待状をいただいたのですから。今日はお顔色もよろしいようで安心しました。以前はすぐお休みになっていらしたでしょう?」
相変わらずリディアを虚弱とバカにする彼女に、
「えぇ。もうすっかり。お友達を作りたいと思ってこの会を企画しましたので、ぜひ楽しんでいただけると嬉しいです」
リディアは気づかないふりをして微笑む。
「こんな立派なお茶会にご招待いただけるなんて、嬉しいですわ。ご準備、大変だったでしょう?」
次から次に嫌味が出てくる人だ。でも、それをわかった上で呼んでいる。
「リディア嬢」
そこに、彼女が近づいて来た。
「リュセール公爵夫人」
リディアは笑顔とともに歩み寄った。
「リディア嬢、素敵なお茶会にお誘いいただきありがとう。楽しみにしていますね」
「こちらこそ、ご参加いただきありがとうございます」
彼女の手を取り、優雅にカーテシーをする。
「リュセール公爵夫人、グリーンティーをおすそわけくださり、ありがとうございます」
その言葉に、公爵夫人が微笑んだ。
「とんでもない。グリーンティーに合うお菓子が食べられると聞いたら、ぜひ一緒にと思ってね。いったいどんなお菓子なのかしら」
「公爵夫人のお口に合うと嬉しいです。ぜひお席に座って、お楽しみください」
上座の席を案内し、リディアもその隣に座る。エリスも座り、静かなお茶会が始まった。
「見たことのないクリームね」
公爵夫人がスコーンに添えられた茶色いクリームを見て言った。
「あずきという東方の国でとれる豆から作ったクリームです」
「まぁ……、あのアズキ?」
公爵夫人がさっそく反応する。
「ご存知とは、さすが公爵夫人ですね」
「もちろんよ。グリーンティーに合うと聞いてあちこち探したけれど、見つからなかったの。よく見つけたわね」
「そうですね。下町で出会った方がたまたま東方の国からいらっしゃった商人で、少しわけてくださったんです」
もちろんこれは嘘。しかし、下町のことなんて何も知らない貴族たちは、それを疑うことを知らない。
「バターと一緒にスコーンにつけて食べると、とても美味しいんですよ」
公爵夫人がアズキとバターをつけてほおばると、
「まぁ、ほんと」
と息をこぼした。そして、グリーンティーを一口飲んで、
「美味しいわね」
と顔をほころばせた。
それを見た令嬢たちも、さっそく真似をする。その中で、エリスだけが動いていなかった。
「エリス様、いかがですか? お口に合いますか?」
「えぇ」
エリスがそう頷いて、スコーンを手に取る。
「本当に、珍しいですわね。東方のレシピまで再現するなんて」
「レシピはアズキをわけてくれた商人に聞きました。再現したのは……、料理人たちが頑張ってくれたんです。エリス様にも喜んでいただけて、彼らも喜びますわ」
リディアがシャドウドラゴンから買った素材とレシピを伯爵家の料理人たちに渡し、彼らがそれに沿って作ってくれただけ。本物を知らないのはリディアも一緒で、これが正解かどうかもわからない。
ただわかるのは、シャドウドラゴンの宿屋から出る時に持たせてもらったお土産と同じ味がした、ということくらい。貴族の屋敷で働くのだから、それなりに料理の技術を持った人々なのだろう。
「本当においしいわ。ぜひその商人を紹介していただけないかしら」
「話してみますね。ただ、少し気難しい方なんです。難しかったら申し訳ございません」
料理人たちがレシピを流すかもしれないが、それだけなら特別止める気はない。アズキだって、シャドウドラゴンがこの国で手に入れられるくらいなのだから、どうにかすればきっと買えるものだ。このスイーツを商品にする気はないため、どうでもよかった。
*
リディアが家を守るためにできることは少ない。裏社会から手を回し、あの最悪の事態を回避することはできるかもしれない。でも、そもそも没落を回避するためには、父や兄が動かなければいけないのだ。
でも、彼らは争いを好まない。だから、リディアにできるのは、社交界で軽く牽制するだけ。力のある家門に従うそぶりを見せながら、その反対派閥の家門も無視はしない。そしてアルセイン伯爵家も落ちぶれていないことを示す。付け入る隙を与えないように。
「リディア」
兄が部屋に入ってきた。
「今日はお茶会だったんだって?」
「えぇ」
窓から差し込む月の光を受けながら、リディアは静かに微笑む。
「最近気に入っているアズキのクリームを披露したのか」
「そうです。皆様においしいって言っていただけました」
「よかったね」
テーブルの上には、お茶会で出したのと同じスコーン。兄がスプーンでアズキをすくう。
「うん、甘いな」
「クリームよりも控えめですわ。お兄様はお好きかと」
「そうだね。これくらいの方がいい」
公私問わず自分を厳しく律する兄に、リディアは何をしてあげられるだろうか。
スコーンをかじって口に広がったアズキの控えめな甘みに、
「……甘くないわ」
と小さく呟いた。




