33 影の竜からの招待状
「リリー」
下町に出ると、ガレンが駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
取引か、リオやイレーヌからの相談か。どちらでもいいように、魔法鞄も持ってきた。
「シャドウドラゴンっていうマフィアが、リリーに会いたいって」
聞いたことのない名前だった。素性のわからない人間と取引をするのは不安だ。
「どこかに呼び出された?」
「一応。南通りにアジトがあるらしい」
「アジトに来てって言われたの?」
「あぁ」
マフィアにとって、仲間以外には知られたくない場所じゃないのか。それとも、外部の人間に知られてもいい場所なのか。
「……リオに聞きたいわ」
「そう言うと思った」
そう簡単には信用しない。まずはリオから情報を買うことにした。
「ガレンにお誘いが来たの?」
リオがいる市場まで歩きながら、リディアはいきさつを聞いた。
「あぁ。最近は普通にマフィアが訪ねてくるからな。弾を売れとかリリーに会わせろとか。それを日常だと受け入れている自分が怖いよ」
さらっととんでもないことを言っている。確かにマフィアの需要が上がっているのを察して、ガレンから弾が買えるようにとリディアが決めたが、それはそれで不安だ。
「ノワールローズとグレイウルフ?」
「そうだな」
「新しいチームは?」
「初めてだったな。でもまぁ、マフィアが俺に接触してるのは隠してないし、ちゃんと調べれば簡単にわかると思うぞ」
「……そう。ガレンは危険じゃないの?」
「リリーの傘を着てるからな」
危ないことがあれば、自分の名前を使っていいと言っていた。そこまで効果があるとは思っていなかったが、武器を買えなくなると困るというのは当たっていたらしい。
「ガレンが大丈夫ならいいわ。でも無礼な人が言ったら教えて。取引をやめてもいいから」
「今のところいないかな。マフィアって野蛮な人が多いと思ってたけど、意外と丁寧なんだよな」
「そうなの?」
リディアからすれば、ガレンの職業である冒険者もそれなりに野蛮なイメージだ。そんな世界で生きているガレンだからこそ、マフィアを受け入れられたのだろう。
「心配するなよ。俺はリリーに守られてるからな」
ローブの上に乗った大きな手の重みが、荒くれだったその手の温もりが、リディアには心地よかった。
いつものリオの店で、リディアはまず報酬を渡す。
「シャドウドラゴンについて教えて」
「へぇ。シャドウドラゴンか」
リオがニヤリと笑みを浮かべる。まるで待っていたかのように。
「リリーさんの新しいお客さんにするの?」
「わたしの商品を持つのにふさわしい人ならね」
顧客情報は漏らさない。リオは既に知っているだろうが、それはリディアが気をつけていることだった。
「外国から来たマフィアだよ。この国で有名になったのは何年か前で、構成員のほとんどが外国人。ボスはシャルカっていう女の人で、いつも足が出た服を着てるんだ。すぐわかると思う」
「相変わらずよく知っているわね」
リディアが渡した金貨を投げて遊びながら、リオは軽く答える。
「あとは情報に強いってところかな」
「情報?」
「情報屋を雇ってるマフィアは多いけど、シャドウドラゴンは数と質が違うってよく聞くよ」
グレイウルフは武闘派と言われているし、ノワールローズは正統派と言われている。組織によって特色が違うのは、マフィアも同じなのか。
「シャドウドラゴンがどこまで知ってるか、リオは探れる?」
「どうだろうね。情報を集めるのが得意な人は、その分情報を守ることも得意なんだ」
「そう」
リディアが信頼する情報屋でも探れないこと。本当に安全な相手かわからない。
「リリー、俺だけで行こうか?」
その時、ガレンが言い出した。
「ガレンだけ?」
「あぁ。リリーが注意したい人物なんだろ。俺がリリーの仲間ってことはあっちに知られてるんだし、代理で売りに行くくらいのことはできるぞ」
「……売るならわたしが行くわよ」
「じゃあ知りたいことがあるのか? 俺が聞きに行ってもいいけど」
ガレンに探ってもらうか。マフィアの情報を掴めるのだろうか。直接聞きに行って教えてもらえるのだろうか。
「いいわ」
リディアは答えた。
「悪いようにはしないでしょう。何かあったらガレンに頼むわ」
相手もリディアの武器がほしいなら、きっと乱暴なことはしない。冒険者であるガレンなら荒事には慣れているだろうし、仲間なのだから頼ればいい。何かあれば、ノワールローズやグレイウルフを動かせば報復になるはずだ。
「そうだな」
ガレンは嬉しそうに笑った。
*
市場から抜けた南通り。大きな料亭を併設した異国風の佇まいの宿屋があった。
「ここみたいだな」
「……えぇ」
一目でわかった。外国から来たマフィアという言葉にふさわしい場所だった。ノワールローズは酒場をたまり場にしているし、グレイウルフもフロント企業の商会の建物で商談をする。シャドウドラゴンという組織は、この宿屋がフロント企業なのだろう。
「大丈夫か?」
緊張していた。外国語の本は読んだことがあるし、母に教わって少しは話せる。きっと会話はできるはずだ。問題は、第二言語で、他の組織と同じようにこちらが優位に立つ取引ができるか、というところ。
ポケットに触れ、その硬さを実感する。大丈夫。これがある限り、胸を張れる。
そっと扉に触れると、チリン、という異国の軽やかな音がした。




