30 黒百合を追う者
どうしたら彼女への求婚を認めてもらえるだろう。ジュリアンはそう考えた。
この感情が恋愛かどうかなんて考えなかった。困っている人を放っておけない。それも、大切な恩師の家族なのだ。自分なら守ってあげられると信じていた。
どうやって父を説得するか。アルセイン伯爵家を救えるか。今の彼の最大の使命だった。
*
「ジュリアン様、また考え事ですか?」
その言葉に、ハッと意識を取り戻した。目の前には、さっきまで読んでいたはずの書類。と、コーヒーの苦い匂い。
ジュリアンのお気に入りであるコーヒーは、貴重な交易品である豆から挽いたもの。貴族の中でもかなり限られた人しか手に入らないものだった。
「エドガー」
ジュリアンの乳兄弟であり従者でもある彼は、呆れたような目をしていた。
「お疲れでしたら、本日はお休みなされますか?」
「いや……」
疲れているわけではない。ただ、いつも考えているだけ。
「エドガー、俺はどうすればいい?」
「知りません。素が出てますよ」
「エドガーしかいないからいいじゃないか。作るのは疲れるんだ」
はぁ、と溜息をこぼしながら、カップを手に取った。舌がしびれるような苦味が、頭の中にすーっと風を通す。
「父上を説得したいんだ。何かいい案をくれよ」
「私は公爵様に意見できる身分ではありませんので」
冷たく突き放すような従者も、親しいからこそのこの態度だろう。
「アルセイン伯爵令嬢でしたね」
「あぁ。元は俺の教育係をしていたくらいの家柄だ。父上も母上も認めているはずなんだよ」
「そうですね。伯爵夫人は教養のある方だったとお聞きしております」
ジュリアンの補佐をしているだけあって、貴族周りの情報には詳しい。ジュリアンが言えば、いろんな情報を集めてくる。
「じゃあどうして求婚を認めてくれないんだ。母上の読書会にも参加していると聞いているし、教養は認められているはずなのに」
「ジュリアン様から見たらどんな方なんですか?」
従者がそう聞いてきた。
「伯爵夫人によく似た令嬢だよ。でも夫人よりも儚くて、守ってあげたくなる。それに、手紙の返事がすごく丁寧なんだ。母上が言うように、賢い人なんだと思う」
返事に迷いはなかった。そのどれも「彼女」を見ているものではない。母からの伝聞だったり、うわべだけの感想だったり。それが伝わったのか、従者は困ったように微笑んだ。
それは果たして恋愛なのだろうか。
「公爵様に認めていただきたいのであれば、何か功績を残せば良いのでは?」
「功績?」
「そうです。最近鉱石が眠っていると噂の鉱山などをリストアップしましょうか?」
あぁ、そうか。その手があった。父が無視できないような功績を残せば、多少の意思は通るかもしれない。
「最近の噂でおもしろそうなのは?」
「西の鉱山に鉱石が埋まっているという噂が。あとは……」
鉱石を掘り当てたところで、公爵家の財政がやや潤うだけ。その程度、父にとっては誤差だ。もっと大きな何か。
「あぁ、そうだ。最近流行っている武器があるとか」
「武器? どんなもの?」
「詳しいことはまだ知りませんが、最近捕まった犯罪者が珍しい武器を持っていたと、憲兵の間で噂になっているようです」
「犯罪者か。冒険者崩れか?」
「どうも違うようですね。少し調べてみましょうか」
「あぁ、頼むよ」
何かがありそう。そう感じ取ったジュリアンは、従者に頼んだ。
*
「ジュリアン様、わかりました」
従者がそう言ってきたのは、数日後のことだった。
「早いね」
自室に入り、大きな椅子に座る。
「聞こうか」
その言葉を合図に、従者が書類を差し出してきた。
「マフィアを中心に珍しい武器が流れているようです。アッシュラインというとか」
「アッシュライン……。灰の線か。どういう武器なんだ?」
多くの武器はその名前からどんなものか察することができるのに、全く想像できない名前だった。
「引き金を引くだけで矢よりも速く敵を射る石が出ると聞きました。実際、犯罪者と対峙した憲兵で怪我をした者もいると」
「なるほど。それはどこから流れているんだ? ギャングか? マフィアか?」
「捕らえた犯罪者たちが口をそろえて言っているのは『ブラックリリーから買った』と」
「人の名前のようだが、チーム名にも聞こえるな」
ブラックリリー、と口の中で転がす。聞き覚えのない名前。
「そのブラックリリーという人物に心当たりは?」
「かなり調べたのですが、はっきりとはわかりませんでした。貴族風の老紳士、浮浪者風の老人、冒険者風の男など、様々な噂があって」
「その捕らえた犯罪者たちからは聞けなかったのか?」
「彼らがそう言っているそうです」
「統一されてないということか」
「はい」
複数人いるということなのか。それとも魔法か。もし姿を変える魔法を使っているとしたら、近しい関係者に貴族がいるということにもなる。これはかなり重大そうだ。
「リリーという名前は女性名だが、噂は男ばかりなんだな」
「そうですね」
ブラックリリーというのはチーム名なのだろうか。それとも女性と偽っているからか。それにしては噂に女性が入っていないのがおかしい。
「気になるな」
この真相にたどり着いたら。武器を違法と定めて摘発できたら、父はアルセイン伯爵家を助けることを認めてくれるだろうか。
そしてうまくいけば、その武器を騎士団に転用できるかもしれない。弓矢よりも強い遠距離武器なら、ぜひ騎士団に導入したいところだ。
いろんな思惑が浮かび上がってきて、ジュリアンの目がキラリと光った。
彼女に求婚する権利を得るために。ブラックリリーという謎の組織を追ってやる、と。




