27 霧の中の黒百合
下町の西通り。荒くれ者たちさえも怯えて立ち入らないその通りに、小さな酒場がある。ノワールローズは犯罪者たちにも怖がられているらしい。
彼らが何を生業にしているのか、リディアは知らない。犯罪なのか、それとも法を犯さない範囲の仕事なのか。そんなことは、知る必要がなかった。
「ごきげんよう、ヴィクターさん」
いつものようにガレンを伴ってそこを訪れたリディアに、ヴィクターはやや呆れたような顔をする。貴族のふりをするリディアの姿はもう見飽きたのだろう。
「本日は新商品をお持ちしました。お話しませんか?」
リディアの言葉に、ヴィクターは頷く。扉を閉め、彼が座るテーブルの前に立った。
「こちらをご覧ください」
鞄から出したのは、ファントムシェル。ノエルがこの前作ったばかりのものだ。
「小さいな」
「えぇ。小型で持ちやすく、さらに音と反動をできるだけ少なくした新型です」
ヴィクターはおもちゃのように手に取り、性能を確かめるように見る。そして、隣の女性に渡した。
「使えるか」
「……はい」
たった一瞬見ただけで、これが非力な非戦闘員に向いていることを見抜いたらしい。やはりこの人は裏社会のボスだ。
「確かに、以前のものより持ちやすいです」
女性の返答に、
「いくらだ」
ヴィクターは買う気になったようだった。
「金貨15枚。少々お高くなります」
「では、15丁」
「ありがとうございます」
ノワールローズの全体像はリオでさえも掴めないと言っていたが、マフィアには非戦闘員がそんなにいるのだろうか。
「貴族には売るのか」
リディアが鞄からファントムシェルを取り出して並べていると、ヴィクターが聞いてきた。
「……まぁ」
リディアはふふっと笑う。
「お客様は選びますわ」
それだけ。それ以上は言わない。でも、聡いヴィクターはきっと悟る。
「ですが、わたしが売ってわたしの手を離れたものがどうなろうと、わたしは関与しません」
貴族に売るならそちらの責任で。そう言った。
「そうか」
ヴィクターは貴族に流すのだろうか。貴族を殺すための武器を作るノエルは、それをどう感じるのだろう。
「こちらになります」
商品を並べ終わると、ヴィクターの指示で女性が金貨を持ってくる。今日もかなりの重さだ。
「それでは、ごきげんよう」
いつものカーテシーを残して、リディアは酒場を出た。
ノワールローズから受け取った金貨を半分にわけ、ガレンに預けた。
「持ってて」
「こんなに? これ持ち歩くの不安なんだけど」
平民の感覚でこの金額を持ち歩く日常は、そんなにないはずだ。
「内ポケットに入れなさい。素材買取で必要でしょう」
「まぁ……。そんな高額で買い取ってないんだけど」
「安くていいの? 冒険者から不満は出ない?」
リディアの疑問に、
「元々ギルドがほぼ無料引き取りだからな。何にも使わない素材を引き取ってくれるだけありがたいっていう」
ガレンは歩きながら軽い調子で答えた。
「そう。じゃあそれを買い取るのは変かしら」
「今更だろ。冒険者たちからは感謝されるぜ。無料で取れるものが金になるんだから」
「それならいいわ。ガレンに任せるから、親しい人には色を付けるとかして」
ガレンにもきっと友人くらいはいるだろう。交友関係まで管理する気はないし、リディアの情報を漏らさないなら自由にしていいと言っている。
買取の値段も具体的には指示していない。冒険者たちが仕事で得る素材の価値なんて、リディアにはわからないから。それだけガレンを信頼しているのだ。
「リオにも渡しにいかないとね」
「あぁ、そうだ。話がしたいって言ってたんだった」
市場の中でリオを見つけ、いつものように商品を見るふりをしてお金を渡す。
「今日も多いね」
「えぇ。売れ行きがよくて。話って何?」
「あ、そうだ。ブラックリリーの新情報。上品な老紳士、または傭兵風の大柄な男、もしくは外国人風の顔立ちと綺麗な少年。って言われてるかな」
リリーの噂が広がっている。
「1番近いのは娼婦の姿をした綺麗な女性だけど……、リリーさんはどちらかというと貴族の姿だし、ちょっと違うね」
「……娼婦に見えるかしら」
さすがにそれはショックだった。平民に合わせたシンプルなワンピースだが、まさか娼婦と言われるとは。
「ううん。だから、たぶん誰かがわざと間違った情報を流してるんだと思うよ」
「わざと? どうして? 誰が、なんのためにそんなことをするの?」
「えー、誰かまではわかんないけど、リリーさんの正体を知られたら困る人がいるんじゃない? リリーさんの商品の価値が下がったら困るとか」
全く身に覚えがない。もちろん撹乱してくれているのなら助かるが、知らないところで守られているのは嫌だ。せめて正当な対価を支払いたい。
「……もしかすると、ノワールローズかグレイウルフじゃないか?」
ガレンが言い出した。
「あら、どうして?」
「リリーの正体を知る人が増えれば、リリーはそいつらにも売るだろ。買える量が減る可能性もあるし、そうじゃなくても価値が上がる。これ以上値段を釣り上げられたら困る、とか」
「あぁ……」
それは納得できた。確かにその可能性はありそうだ。
「リオ、噂の元を探ることはできる?」
「頑張ってみる」
「いい子ね」
追加報酬としてさらに金貨を渡す。
「ノワールローズかグレイウルフが噂を流してるとしたら、リリーは止めるのか?」
「止めないわ」
ガレンの問いに、リディアははっきり答えた。
「彼らには相応の対価を支払っているもの。撹乱してくれるのはありがたいから、次回の取引の時に値引きするわ」
彼らに守られているのならいい。ちゃんと対等な関係でいられるから。
いつかはチームに属さない犯罪者や冒険者たちにも売りたい。でも、それは今じゃない。もっともっと、マフィアたちを依存させてから。彼らがリリーの武器なしに活動できないとなってようやく、この武器は放たれるべきだ。
そうすれば、リディアが想定しない使い方をされた場合、彼らが止めてくれるから。
そんな遠い未来を見つめるように、リディアはふっと微笑んだ。




