26 亡霊の囁き
「皆さん、本日も読書会にお集まりいただき、ありがとうございます」
リュセール公爵家の読書会。リディアの参加は2回目だった。2回目も誘われるなんて思っていなかったが、それだけ公爵夫人に気に入られたということだろう。
「本日は月下の亡霊譚について話しましょう」
今回のテーマは、大衆小説として長く人気を保つ本。平民の間で語り継がれる怪談話をまとめたもので、貴族の間でも娯楽として楽しまれる物語だ。
「皆さん、幽霊は信じますか?」
そんなテーマから始まった。
「死者は女神様のところに行くと言われています。亡霊なんていないはずです」
「そうですわね。亡霊を見たという話は、夢を見ていたり創作されていたり。本当にあったものとは思いませんわ」
そんな会話が飛び交ったり、
「でも、あまりにも詳細ではありませんか? 特にほら、湖の花嫁のお話とか」
「森の中に現れる兵士の話もそうですね。実際その辺りで亡くなった方もいるそうですし……」
なんて、怖がる言葉も出てくる。怖がっているというより、怪談話を楽しんでいる令嬢もいるというのがおもしろいところだ。
高齢になるほど幽霊を信じていなくて、若い令嬢ほど信じている。そんな場を見ていると、
「アルセイン伯爵令嬢はどう思いますか?」
と隣の席から尋ねられた。
「……そう、ですね」
少し考えて、リディアは言葉を紡いだ。
「幽霊を信じるかどうか、とてもおもしろい議論だと思います。死者がそばにいると聞いて怖がる人もいますが、亡くなった人がそばにいると考えることで救われる人もいますから」
リディアも母を亡くしている。母がそばにいたら、と考えたことがないとは言えない。母がそばにいるから怖い、と思ったこともない。
「信じるか信じないかではなく、見えるか見えないか、だと思います」
「確かに、信じていても見えない場合もありますからね」
リディアの感想に頷くのは、高齢の貴婦人たちばかり。確かに若い令嬢に好まれるような話ではなかったか。
「本当に、リディア嬢はおもしろい考え方をするわね」
リュセール公爵夫人は満足そうだった。
「リディア嬢は、この本の中で好きなお話はあるかしら?」
「そうですね。森を尋ねる冒険者の話でしょうか」
「あら、意外ね。どうして?」
「大切な武器を抱いた遺体が見つかったというラストが印象に残っていて、初めて読んだ時の衝撃を忘れられません」
そこまでして大切に思うものがあるというのは、きっと素敵なことだ。今のリディアなら、その気持ちが少しわかる気がした。
*
リオからもらった手紙を手に、リディアは地下室への階段を下る。部屋でも読めるのだが、誰にも見られたくない。地下室なら安全だ。
相変わらず魔法陣しか見ていないノエルには声をかけず、椅子に座って手紙を開いた。
皇帝派、貴族派、中立派。いろんな派閥のいろんな動きが書いてある。特に気になるのは過激派と言われる両派閥の家門。そういう家は、自分の派閥に中立派を取り込もうと、父や兄に接触しているはずだ。
そういう家の動向はチェックしておいてきっと損はない。何かがある前に動けるようにしておくべきだ。
「あぁ、そうだ。ノエル」
リディアが呼びかけると、ノエルが顔を上げた。
「この前あげた薬、どうだった?」
「よかった。魔力が増えるから、無限に使える」
「気になることはなかった?」
「あー……、飲んだら腕の血管が青く浮き出るから、効果が出ている間はわかりやすい」
「その程度なら大丈夫そうね」
リディアも飲んでみようか。ノエルのように元々の魔力が多い人だけでなく、魔力が少ないがゆえに虚弱体質になってしまったリディアが飲めば、この体質も変わるかもしれない。
「リリーは飲むなよ」
そんなことを考えていると、ノエルが言った。
「あら、どうして?」
「体にいいものとは思えない。屋敷にいれば、お前のこともわかるからな」
リディアの身体が丈夫じゃないことを心配してくれているのだろうか。
「最近は強くなったのよ。寝込むことも減ったし」
「歩き回ってるから体力がついただけだろ」
それに関してはぐうの音も出ないほど正論だ。ようやく人並みになった身体に、人並み以上の負荷を与えるな、と言いたいのだろう。
「……わかったわ」
リディアは魔力を強くしてやりたいこともないし、これはノエルに任せることにする。
「リリー」
続いてノエルがリディアに呼びかけた。
「これ、撃ってみてくれないか?」
それは、ウィスパーと同じ型の銃だった。
「わたしでいいの? ガレンに試してもらった方がいいんじゃないかしら」
「これはリリー専用だから。リリーが撃ちやすいようにしたい」
「……そう」
それは忠誠心だろうか。リディアの護身用の武器というのは嬉しいが、商品になるものも作ってほしいのに。
リディアの意見が参考になるならと、リディアは銃を握る。
パシュッ
小さく抑えられた音。でも、何かが違う。
「手が痛くないわ」
確かめるように言うと、ノエルの顔がほころんだ。
「じゃあ成功だ」
「そうなの?」
「あぁ。撃った時の反動を消してみた」
なぜか満足そうな笑顔に、
「ノエル、あなた貴族を殺す武器を作りたかったんじゃないの?」
ついそう言ってみる。彼がリディアについてくる決意をした時、そんな話をしたはずだ。
「……それは、リリーがいないとできないだろ」
彼はふいっと視線を逸らした。
「そう。ウィスパーは暗殺にも使えると思うわ。これは力の弱い女性でも使えそうだけど、売ってもいいの?」
「あぁ。リリーに任せる」
ウィスパーを改良した新しい商品だ。ウィスパーを売るくらいなら、これを売った方が価値も高いだろう。商品名はどうしよう。
そんなリディアの頭に、先日の読書会がよぎる。亡霊の話。見つかりにくいように小型で、音もなく、さらに反動もない。まるで「見えない」武器だ。
「……ファントム」
ぽつり、つぶやく。
「ファントムシェル、ってどうかしら」
「いいんじゃないか?」
ノエルはもう興味がなさそうだった。
そういえば、ノワールローズに女性がいたはずだ。ヴィクターの補佐役のような立ち回りをしていたが、おそらく戦闘用の構成員ではないだろう。護身用にと言えば、ひとつくらいは買ってくれるかもしれない。
さて、いくらにするか。
リディアの瞳が、楽しそうに輝いた。




