25 黒百合の冠
赤いローブを羽織り、リディアは門をくぐる。いつも通りガレンと合流すると、
「イレーヌから、完成したって」
白紙の手紙の理由を聞いた。
「そう。じゃあ行きましょうか」
さっそく歩き出すと、
「リオもあとで会いたいって言ってたな」
とさらにガレンがくわえる。
「ガレン、冒険者の方はできてるの?」
そう聞いてみた。
「イレーヌさんやリオに会いに行っていたら、時間がないんじゃない?」
「いや、そうでも。まぁ長距離の旅になる討伐には参加できないけど、単発でも儲かる依頼はあるしな」
「そう」
それならいい。ガレンの言葉を信じているから。こちらも報酬は渡しているし、生活に困ることはないはずだ。
南の通りの片隅。扉を叩いて、開ける。
「イレーヌさん、いらっしゃいますか?」
「あ、きたの」
出てきたイレーヌは、相変わらずボサボサ頭。今日は顔に灰もついている。実験中だったのだろうか。
「座ってて」
散らかっている部屋の隅にあるソファに座り、イレーヌを待った。
「おまたせ」
彼女が持ってきたのは、2つの小瓶だった。
「こっちはステラ・バースト。魔力の回路を拡張して増強する薬」
液体の中に星屑のような粒子が浮いている、綺麗な薬だ。
「それと、こっちはサイレント・ドロップ。発光しないポーションね」
こちらは黒い小瓶。リディアが求めていたものだった。
「ガレン、ポーションは冒険者の方で試せる?」
まだ量があるわけではない。リディアの方ではポーションを使わないし、ガレンに使ってもらう方がわかりやすい。
「あぁ。傷にかければいいんだよな」
「普通のポーションと同じ使い方よ。かけても飲んでもいいわ」
イレーヌの説明に頷き、ガレンはそれを受け取った。
「こっちはこちらで試してみるわ。報酬は、これで足りるかしら」
金貨10枚。少なくはないが、これから量産することを考えると、これくらいは必要だろう。
「効果がわかったらガレンに連絡するわ。イレーヌさんは、文字は読める?」
「まぁね」
「じゃあ手紙を預けるわね」
ガレン以外にリディアの素性を明かす気はない。ガレンを介してやり取りができる範囲にとどめておく。
「他の薬も楽しみにしているわ」
リディアのその言葉に、イレーヌは嬉しそうに頷いた。今まで許されなかった研究を、思う存分できる機会。これ以上に嬉しいことはないのだろう。
*
「いい商品、入ってるかしら」
膝を土につき、リオの店をのぞく。
「いらっしゃい、リリーさん。今日は珍しい革製品があるよ」
その言葉を聞きながら、リディアは金貨を差し出した。それだけでリディアが求めているものを察してくれる。
「これ、リリーさんの役に立つかなって」
リオが差し出したのは羊皮紙だった。
「珍しいのね。字が書けるの?」
「ボクは書けないね。それは別の情報屋から。貴族についての情報をほしがっていただろう?」
今後依頼するかもと言っただけなのに、もう情報を掴んできてくれたらしい。優秀な情報屋だ。
「もちろんリリーさんのことは言ってないよ。そういう約束だからね」
「助かるわ」
そう言ってさらに金貨を積む。
「それ、役に立ちそう?」
さらっと目を通しただけだが、最近目立った動きがある貴族家の情報だった。十分使えそうだ。
「そうね。よくやったわ」
素直に褒めると、リオはさらに嬉しそうに笑う。
「あ、それとね」
リオは付け加えた。
「最近、犯罪者たちの界隈で『ブラックリリー』っていう話を聞くんだ。珍しい武器を売る商人らしいけど、リリーさんのこと?」
この顔は、気づいている顔。情報屋を相手に隠せるとは思っていない。彼が貴族社会に詳しくないから、貴族のリディアとつながらないだけだ。
「どうかしらね」
噂が回り始めた。アッシュラインにブランドがつけられた。これでさらに釣り上げられる。
「助かったわ。貴族の情報はこれからも流してちょうだい」
「武器を売るの? 金払いは良さそうだけど、貴族がほしいものかな?」
「どうかしら。売るものが武器だけとは限らないわよ」
ちょうど今日手に入ったものもある。効果があるとわかれば、イレーヌに量産してもらって商品にもできるだろう。
「おもしろそうだねぇ」
ニコニコ楽しそうな彼と別れ、リディアは門に向かって歩き始める。
「そうだ。ノワールローズとグレイウルフから、弾が足りないから売ってくれって」
「……今日はもう帰るわ。あとで送るから、ガレンが売って」
急ぎの用事はないが、あまり長い間留守にすると兄に怪しまれてしまう。下町にいる時間はちゃんと決めていた。
「マジで言ってる?」
驚くガレンに、
「えぇ。弾と銀貨を交換するだけよ。できるでしょう」
リディアは当然のように答える。
「あれはリリーだからだろ。俺が相手だと舐められそうなんだけど」
「胸を張って、堂々と。わたしの名前を使っていいから、虚勢でもいいから強気に。気をつけるのはそれだけよ」
マフィア相手にそんなことができるのリリーだけ、と言わんばかりに、ガレンは困ったように笑う。しかし、リディアは気にしていなかった。彼らがガレンを舐めるとは思えなかったから。
「あ、それと」
リディアはさらに続ける。
「さっきの薬、ノエルに使ってもらって効果があったら手紙を送るわ。2つ送るから、ガレンの薬の効果があったら赤いリボン、なかったら青いリボンの手紙をイレーヌさんに届けてちょうだい」
「わかった」
ガレンは迷わずに頷く。リディアの命令を忠実に守る騎士のようだ。
「それから、素材が足りないってノエルが言ってたわ。もう少し集められる?」
アッシュラインに加えてウィスパー、さらには違う種類も作ろうとしている。素材が足りなくなってきているらしい。
「これ以上か……。頑張ってはみるけど、増えてもあと少しだろうな。俺1人じゃ集められるのにも限りがあるし」
ガレンは冒険者として依頼を受ければギルドに収める分もあるだろうし、そうじゃない時間に個人的に集めても大量に取れるわけではない。
「そう……。じゃあ他の冒険者に依頼できないかしら」
「ギルドに依頼すればできなくはないと思うけど」
冒険者に依頼したいなら、冒険者ギルドを通すのが普通。でも、そんなことはできない。
「ギルドは通さないわ。公的機関を通すといろいろ見つかった時に面倒だもの。身元も保証できないし」
マフィア相手に卸す武器なのだ。公にできるものではない。
「ガレンが集めてることにできない?」
リディアはそう聞いた。
「俺が?」
「雇い主が、とかでもいいわ。お金は渡すから、ギルドより高く素材を買い取ってほしいの。できる?」
「できなくはない、けど……。まぁ、ギルドに睨まれるのはいいとして、それだとかなり集まるようにはなるかな」
素材が集まるが、それでガレンの立場が不安定になるなら、それはそれで困る。
「ギルドに睨まれるとどうなるの? 冒険者ができなくなる?」
「いや。依頼を受ける時に少し面倒になるくらい。別に俺は気にしない」
「……わたしがその分の報酬を渡す、って言ったら、嬉しい?」
冒険者として依頼が受けられなくなるなら、リディアがその分を補填すればいい。しかし、冒険者を辞めろ、なんてことをいえば彼は傷つくかもしれない。
「もちろん嬉しいけど、別に今でも生活には困ってないし、報酬は増えなくてもいい。けど、リリーの専属になるのはおもしろいな。こういうの、他では経験できないことだから」
何かと動いてくれるのは、それをガレンが楽しんでいるからなのか。ガレンの時間を奪っているのではと不安だったが、彼がそう言うならその言葉を信じたい。
「じゃあ、お金は渡すわ。冒険者の方は気が向かなかったらしなくてもいいから」
「ん、了解。素材の買取もだな」
「えぇ。お願いね」
リディアの「お願い」という言葉に、ガレンが嬉しそうに笑った。




