22 死神の囁き
「できた」
その日、ノエルが部屋にやってきた。
「できたって?」
メイドたちを外に出し、リディアは本を閉じながらその話に耳を傾ける。
「これ」
彼が差し出したもの。それは、アッシュラインと同じ形のようで、少し小ぶりだった。
「新作」
「……小さくなったのね」
「これならリリーでも持ち歩けるだろ」
さらっととんでもないことを言う。貴族の娘が武器を持ち歩くなんて。
「音も消してある。完全じゃないけどな。かなり小さくなってるはずだ」
「そう」
試し撃ちがしたい。地下室でもいいが、それよりももっと安全な場所で。
「明日、ガレンと会うわ。ノエルもついてきてくれる?」
「あぁ。撃った感触を知りたい」
その返事を聞いて、リディアはガレンに伝書魔法を飛ばした。
*
ノエルを連れて馬車に乗った。いつもの魔法鞄に隠した赤いローブを取り出し、馬車を降りて羽織る。じんわり熱が広がるように変わっていく髪の色を、ノエルは遠くから見つめていた。
「なに?」
その視線を感じて、リディアが尋ねる。
「いや」
ノエルは屋敷でもリディアを「リリー」と呼ぶ。人がいる場では「お嬢様」だが、あの地下室では下町と変わらずに接してくれる。でも、本当の「リリー」を見るのは、久しぶりのはずだ。
いつものように門を抜けると、ガレンが立っていた。
「いつも早いのね。いつから待ってるの?」
「まぁ、暇だからな」
そんな他愛ない話をしながら、人目に付かない森の中に入った。
「で、今日は何の話だ? ここに連れてくるってことは、取引か?」
「いいえ」
字が読めないガレンには、伝書魔法で用事の詳細までは教えられない。日時を伝えるくらいしかできないため、ガレンはあの門からリディアが出てくるまで用事の内容はわからないのだ。
リディアが魔法鞄から小型銃を取り出す。
「ウィスパーと名付けたわ」
「お、ついにノエルの新作か」
ガレンはためらうことなくそれを手に取り、さっそく握る。
「撃ってもいいか?」
「えぇ」
リディアに確認するのは、彼なりの忠誠心の表れなのだろうか。
パシュッ
アッシュラインよりも抑えられた銃声に、空気が揺れた。
「……おぉ」
「どう? 使えるかしら」
小さく声を上げるガレンに、リディアが聞く。
「威力は元のより弱いけど、十分だな。音が小さいのが最高だ。これならパーティーの他のメンバーに見られずに使える場面が増える」
「そう」
それを聞いて、ノエルを振り返る。彼はさっそく何か考えているようだった。
「やっぱり反動が課題だな。ガレンなら特に問題ないようだけど」
「まぁ、結構腕にくるな」
「リリーでも撃てると思うか?」
「慣れれば、かな」
職人と使用者の掛け合いを、リディアは黙って見守る。
「リリー、撃ってみろよ」
とガレンに渡された。
「いらないわ」
それをリディアはガレンに返す。
「命中しなくてもいいもの。脅しに使えれば、わたしは充分よ」
そう言って、リディアはスカートの隙間から腰に隠していたウィスパーを取り出した。
「ポケットか?」
「まぁ、そういうものね。ドレスの下につける袋に入れてるの。最近はそのために腰のあたりにスリットを入れたドレスも多いのよ」
リディアが持っていた平民に紛れそうなシンプルなワンピースも、同じつくりになっていた。ドレスと同じところで買った服だからだろう。
「貴族のお嬢様は腰に武器を隠し持つのか?」
「違うわよ。普段はハンカチとか香水を入れるところよ」
「そこに武器を入れるのか。最高だな」
ガレンのニカっとした明るい笑みを見たリリーは、新武器ウィスパーに視線を落とす。
いざという時に自分の身を守るもの。かつてそれは、母から与えられたペンダントだった。今でも肌身離さず持ち歩くそれの中身は、毒。非力なリディアの最後の抵抗手段として、母が与えてくれた。
そして今、リディアはそれ以上のものを手にした。母のペンダントに頼ることもなくなるのか。忌々しい前世の記憶と重なってしまうペンダントよりも、この武器の方がずっとよかった。
「これ、売れるか?」
ノエルが聞く。
「まだ売らないわ」
リディアはそう答えた。
「普通に売れると思うけど」
ガレンが不思議そうに首をかしげる。
「売れるけど、売らない。ガレンが使い慣れて使用感を完全につかんでからでもいいし、次の新作ができてからでもいい。今はアッシュラインを普及させたいのよ」
「……そっか」
ノエルはどこか残念そうだった。
「まぁ、いずれ売るんだろ」
「そうね」
当然売れる商品は売る。ガレンが使えるようになれば、どんな売り方ができるかもわかるようになるはずだ。
「そろそろ次のチームに売りたいわね。リオのところに行こうかしら」
「また広げるのか?」
「えぇ。もっと稼げるようになるわ」
まだまだ足りない。ノワールローズがどれだけ大きなマフィアでも、どれだけ力を持っていても、そこに対抗する勢力、さらには貴族とつながっている勢力にも影響力を持っておきたい。全ては復讐を完遂させるために。
*
ノエルは先に帰ると言って離れたため、ガレンと2人でいつもの市場を訪れる。
「お嬢ちゃん、リンゴはどうだ? いいのが入ってるよ!」
すぐ近くの果物屋に呼ばれ、リディアはふっと微笑んでみせに入る。
「本当。美味しそうなリンゴですね。3つほどいただいても?」
「あぁ、もちろんさ!」
上機嫌な店主にお金を払い、りんごをもらう。
「なんでリンゴ?」
首をかしげるガレンに、
「あげるわ」
とひとつ渡した。
「アップルパイでも焼こうかしら」
「作ったことあるのか?」
「ないわよ」
何がしたいかわからない、というように困惑するガレンの顔に、リディアはくすくすと笑う。
「ねぇ、これってかじってもいいのよね」
「いいと思うけど。貴族は切って食べるんじゃないのか?」
「下町だもの。この場所に合う食べ方をしたいわ」
そう言って、スカートでごしごしと拭いて、しゃくっとかじる。リンゴについた小さな歯の跡は、見慣れないもの。
「甘くておいしいわ。ガレンも食べてみて」
リディアに言われて、ガレンがガリっと勢いよくリンゴをかじる。
「すっぱ! なんだこれ!」
途端に顔をしかめた。その顔が、あまりにもおもしろくて。
「……ふふ」
小さく抑えながらも、笑いながらお腹をさする。
「変な顔。ふふ」
こらえきれない笑いをこぼすリディアに、ガレンが呆れた。
「いや、これはマジ。あの店主に文句言いにいってやりたいくらい」
「新しいのを買った方が早いわよ」
そんなことを言いながら、リオを訪ねる。
「こんにちは。売上はどう?」
「まぁまぁだね」
リディアは店頭に膝をついて、商品を覗く。
「新しい情報をほしいんだけど」
「何の情報? なんでも言って」
「ノワールローズに次ぐ勢いのあるマフィア。いないならギャングでもいいわ。チームで固まっている犯罪者がいいわね」
「じゃあ、グレイウルフかな」
リディアが金貨を出す前に、リオはさらっと告げた。
「結構な武闘派だよ。ノワールローズよりも荒くれ者が多いイメージかな。でもボスは知能派。グレンっていう眼鏡をかけた長身の男だね」
「ありがとう」
金貨を2枚渡す。
「こんなにいいの?」
「それに見合った情報だったから」
そして、リンゴを渡す。
「それは差し入れ」
「ふぅん……。よくわからないけど、なんだか機嫌がいいんだね」
リオの不思議そうな顔には答えなかった。




