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21 ラピスラズリの免罪符


 シャルマン公爵家からホームパーティーのお誘いが来た。リュセール公爵家よりも、きっと明確に悪意を向けられることはわかっていた。でも、社交界の招待状を、リディアは断らない。それさえも復讐の踏み台になるのだから。


 綺麗なグリーンのドレスを選んだ。リディアの瞳の色と同じ、鮮やかなエメラルドグリーンのドレスは、アッシュラインを売ったお金で買ったものだった。


 アッシュライン1丁が金貨5枚。そして、このドレスも金貨5枚。命をかけて売った商品の重みが肩にのしかかる。その重みが、地面にしっかり足がついていることを教えてくれる。


 馬車を降り、綺麗な庭園に足を踏み入れる。手入れが行き届いた柔らかな芝生を、何の飾りもないシンプルな靴が踏みしめた。


「あら、リディア様」

 そこに、主催のエリスが歩み寄ってきた。


「ごきげんよう、エリス様。本日はご招待いただき、ありがとうございます」

 そう頭を下げて、なぜかニヤニヤと楽しそうに笑うエリスの顔を見る。何だろう。何か仕組まれているのだろうか。そう周りを観察して、わかった。


 点々と映る鮮やかな青。メインカラーじゃない。差し色として、青を使っている人が多い。


「リディア様、ドレスコードを守らないなんて、シャルマン公爵家への不敬ではありませんか?」

 エリスの取り巻きの一人がそう告げる。そうか。このガーデンパーティー、ドレスコードがあったのか。


 招待状には書かれていなかった。しかし、この場で招待状の不備を指摘するわけにはいかない。さてどうやって乗り切ろうか。リディアが考えている間に、

「リディア様は社交界の経験が少ないですから、ご存じなかったのですよ。皆さん、あまり責めてはいけませんわ」

 などとエリスが周りを窘める。


 あぁ、もう面倒だ。居心地が悪いのなんて気にしない。一言謝罪して、あとは適当に隅っこでやり過ごしてもいいかもしれない。これで社交界に呼ばれなくなるのなら、それもいいとさえ思えた。


「こちらにいらっしゃいましたか」

 そこに、彼の声がした。

「まぁ、リュセール小公爵様」

 エリスたちが静かにざわめく。憧れの王子様がそばに来てくれて嬉しいのだろう。


 エリスだけは、同じ爵位の家柄ということもあって、頬を赤らめながら胸を張っていた。


「シャルマン公爵令嬢、アルセイン伯爵令嬢に声をかけてもよろしいですか?」

「……は?」


 彼女たちの目が、大きく見開かれる。リディアも同じ。まさか自分に来るなんて。


 彼はリディアの前で膝を折り、

「アルセイン伯爵令嬢、こちらを受け取っていただけませんか?」

 とアクセサリーケースを開いた。


 小さな宝石がついたイヤリング。リディアの目を射抜くのは、その小さなラピスラズリか、それとも彼のラピスラズリのような瞳か。


 この場のドレスコードの青を持つ綺麗な宝石。青を持たない今のリディアには、武器よりもほしいものだった。


「……光栄です」

 だから、リディアは頷いた。

「つけていただけますか?」


 それを聞いて、彼の顔がパッと華やかに輝く。あぁ、この人はこんな顔で笑うのか。幼い子どものように明るく、ほしかったおもちゃをもらった時のように嬉しそうに。


 リディアの耳に触れる彼の指は、優しく、熱い。


 恋愛じゃない。彼から向けられる感情は、そんな甘い感情じゃない。それよりももっと切実で、もっと深い、何らかの感情。


「本当はもっと大きなものをご用意したかったのですが」

 イヤリングをつけながら、彼が言った。

「貴女は望まないと思って」


 大きな宝石をもらっていたら、どうしただろう。リディアにとっては、憐みという最大の侮辱に感じ取っていたかもしれない。


「そう、ですね」

 リディアがそう答えた時、彼の熱を持った指が離れていった。


「よかった。よくお似合いです」

「……ありがとうございます」


 嬉しそうなその笑顔は、子どもように無邪気に見えた。


「お話の邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

 彼はエリスに一言そう告げ、離れていく。


「失礼いたしました」

 リディアは笑顔を作った。

「何をお話していましたっけ?」


 その笑顔に、エリスが扇子を広げる。


「ドレスのお話ですわ。素敵なドレスで羨ましい、と」

「光栄です。エリス様の黄色のドレスも、明るい雰囲気によく似合っていらっしゃいますわ」


 綺麗な扇子の下に笑顔を作りながら、目元がひきつるエリスに、リディアはお手本のような完璧な笑顔を見せた。


*


 ドレスを脱いで室内着に着替えたリディアは、その足で地下室へ向かった。いつものように魔法陣に向かうノエルに、

「ちゃんと休憩してる?」

 と聞く。


「あぁ」

 彼はリディアを見ることもなく頷いた。


「あと少しなんだ」

 どこか切羽詰まったような空気を察し、リディアはいつもの椅子に座る。


「無理はしないでね。こっちは急いでないから」

「あぁ」

 そして、本を開いた。


「……リリー」

 しばらくして、ノエルが口を開いた。


「耳、何つけてんだ?」

「え?」

 その言葉に、耳に手を添える。


「あぁ……」

 ドレスを脱いだ時に装飾品も外したはずが、イヤリングを忘れていたらしい。


「外し忘れていただけよ。気にしないで」

「宝石だろ、それ。本物?」

 ノエルの目は、素材を見る職人のそれだった。


「本物よ。ラピスラズリっていう宝石」

「へぇ。素材にしてもいいか?」


 伸びてくる手を、リディアはぺちっと叩く。


「これはダメ。宝石がほしいなら今度買ってあげるから」

「……なんだよ。そんなに大事なものなのか?」


 叩かれた手を引きながら、ノエルが呆れる。


「宝石を身につけると箔がつくわ。いろいろあって社交界でも牽制できるものになったし、商談の時につけていってもおもしろいわね。彼らがどんな反応をするのか想像できないわ」


 商談相手が宝石を身につける身分だと知った時、マフィアはどんな反応をするのだろう。儲かっている商人だとわかった時、自分たち以外にも取引相手がいるのだと誤解するのだろうか。


「宝石をつけて下町に行くのか? 狙われるぞ」

「大丈夫よ。ガレンに守ってもらうから」

 リディアの手の中で光る小さな宝石が、あの強く優しい瞳を思い出させた。


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