19 銀貨の弾丸
「今日は西通りの酒場に来いって」
下町でガレンと合流すると、ガレンがそう言った。
「ヴィクターさんが?」
「というより、その部下だろうな。わざわざ俺のところに言いに来たってことは、なんかありそうだけど」
リリーの正体は探られていないのか、それとも見つけられなかったのか。変装していなかったガレンだけが特定できたため、リリーとの仲介役に選ばれたのだろう。
「どうする? なんか危険そうな匂いするし、やめておくっていうのも」
「バカ言わないで」
あっけらかんと言い放つガレンを、リディアは睨んだ。
「これは商売なの。顧客の言葉を無視する気はないわ」
「……だよなぁ」
それを聞いて、ガレンはへらっと苦笑した。
「それでこそリリー、って言いたいところなんだが……。まぁ、一応アッシュラインは持ってきてるから、なんとかするけどさ」
やっぱりマフィアを警戒するガレンは心配そう。冒険者とはいえ裏社会の脅威を無視できない立場なのだろうか。
「弾は余ってるの?」
「あぁ。試し撃ちにしか使ってないし、かなり精度も上がってきた。冒険者にも普及すれば普通に使うんだけど」
ガレンには無料で大量の弾丸を渡している。アッシュラインの使用感を聞くついでだと、それは必要経費として割り切っていた。
「……まだ先になるでしょうね」
「わかってる。そこを急かすつもりはないし、元々はリリーのために働くっていう約束だしな。これはリリーを守るために使えればいい」
守る、なんて。兄やあの小公爵から言われるのは嫌なのに、ガレンに言われるのは嫌じゃない。それは、リディアが与えたものに対する報酬という対等な関係だからだろう。無条件で守られるのが嫌なのだと気づいた。
*
「お久しぶりです、ヴィクターさん」
薄暗い酒場の中、お酒とたばこの匂いが充満するその中で、リディアはいつものように微笑んだ。
「ノワールローズの皆さんの行きつけのお店に招待してもらえるなんて、光栄ですわ」
そう言った時、ヴィクターが手を挙げる。それを合図に、後ろから女性が出てきた。綺麗な身なりの華奢な女性は、荒くれ者たちの酒場で明らかに浮いていた。
その女性が机の上に置いたもの。粉々になったアッシュラインだった。
責められているらしい。「こんな壊れやすい安物を売ったのか」と。次の言葉を間違えば、一気に不利な状況に立たされる。
少し考えたリディアは、まず笑った。
「あら、石でも詰めましたか?」
その瞬間、酒場の空気がピリッと張った。
落ち着け。動揺するな。怯えるな。そう言い聞かせながら、リディアは砕け散った銃身に指を沿わせる。
「本体だけでなく、弾もわたしからしか買えませんからね。小石なら入りそうな広さの銃口ですし、弾と同じ勢いで撃てれば、銃弾と同等の効果が得られる。……といったところでしょうか」
誰かの「すげぇ」という小さな声は、ヴィクターが吐き出した煙草の煙に吸われた。
「説明不足でしたね。まさかノワールローズの方がそんなケチなことをされるとは思っていませんでしたので」
笑顔を崩さず、謝罪もしなければ、相手を責めることもしない。ただ冷静に、事実だけを述べる。それだけで「牽制」になる。
「こちらの商品、銃弾以外を詰めると暴発するんです。撃った方の腕は大丈夫でしたか?」
酒場の中に視線を這わせるが、腕を怪我した人はいない。闇医者か町医者か。その傷を治した人間がいるはずだ。
「弾は」
ヴィクターの低い声が、張りつめた空気を割いた。
「いくらだ」
商談の時間だ。
「1発につき銀貨1枚いただきます」
決して安くはない値段。平民の一ヶ月の生活費にも匹敵するその額を提示しても、
「1000だ」
ヴィクターはためらいがなかった。
「お買い上げ、ありがとうございます」
鞄を開き、弾を入れた袋を取り出す。袋を10個机に並べ、
「ご確認ください」
と差し出す。ヴィクターの部下がそれぞれの袋を開けて中身を見てから、先ほどの女性が金貨を10枚並べて差し出す。
「ありがとうございます」
それを受け取り、財布の中に入れる。
「本体はどうしますか? 以前お買い上げいただいたのは、確か5丁。その内1つが壊れたのですから、買い足されますか?」
「10丁もらう」
「ありがとうございます」
予想よりも多かったが、ちゃんと準備してきておいてよかった。鞄にはその見た目以上のものが入るようになっているから。銃弾をアッシュラインも、かなりの数を入れている。
アッシュライン1丁で、ドレス1枚分の値段。それを10丁ということは、小さなお屋敷くらいは買えてしまうかもしれない。じゃらっとした金貨50枚の重みに、リディアは笑みをこぼす。
「それでは、また来月参ります。ごきげんよう」
そして、綺麗なカーテシーをしてみせた。
*
「ふふ」
大通りに出て、リディアは鼻歌でも歌いたかった。
「ご機嫌だな」
その様子に、ガレンが呆れる。
「まだ怖いの?」
「怖いってか……。普通にリリーがやられたら困る」
マフィアに怯えているのかと思ったが、恐怖とはまた違う感情らしい。それが何というのか。きっとガレンはその感情に名前をつけない。リディアもまた、気にしない。
「頼むから無茶はするなよ。俺らのボスは、リリーだけだからな」
「ボスなんて呼ばないで。かわいくないわ」
わざとらしく拗ねたように唇を尖らせると、ガレンは困ったように笑った。その笑顔は、どこか遠い人を見つめているようで。
リディアは気づいていた。ガレンは、きっとリリーを他の誰かに重ねてみている。それが誰なのか、ガレンにとってどんな人だったのか。気にならないことはないが、探ることはしない。それを知ってしまった瞬間、この関係は崩れてしまうだろうから。
「そうだわ。ガレンに聞きたかったのだけど」
「なんだ?」
市場を歩きながら、2人は世間話のように会話を交わす。
「ノエルから、魔力を増強する薬はないのかって言われたの。もしガレンが魔力を持てるような薬があったら、ほしい?」
「薬か……。ほしくない、とは言えないかな。というか、冒険者はそうだろ」
慎重派のガレンらしい答えに、リディアは
「やっぱり魔力って大事?」
と尋ねる。
「パーティーを組む時に魔法使いは外せないからな。基本的にはヒーラーの役割だけど、攻撃に使える魔法も多いって聞くし。そういうのが使えたら、レベルアップも早いだろうな」
貴族だけが持つ魔力。冒険者ギルドに登録しているような魔法使いは、きっと貴族の家に生まれながら恵まれなかった人たちなのだろうと思う。そういう人たちを雇いながら冒険をするのか。
「わかったわ」
「今度は何を企んでるんだ?」
「あとで教えてあげる。まずはリオに報酬を渡しに行きたいわ」
市場に店を開く情報屋の元へ。ポケットに感じるしっかりとした重みに、足取りは軽かった。
*
「これ、いつもの」
「ありがとう、リリーさん」
金貨を渡すと、彼はいつも通り嬉しそうに受け取った。
「今日は多いね」
「えぇ。思ったより売れたからね」
リディアはその場に膝を曲げて、地面に広げられた商品を手に取る。
「腕のいい薬師を探してほしいのだけど」
商品を見ながら、リディアはリオに聞いた。
「どんな人?」
「そうね……。お金に困っている人、もしくは変な薬を作りたがっている人。この辺りがいいかしら」
「わぁ、おもしろそう。何をさせるの?」
純粋な笑み。リディアはゆっくり口を開いて、
「あなたに教える必要がある?」
と答えた。
「ちぇ、騙されないか」
こんなもので騙されるようなら、マフィア相手の裏商人なんてやっていけない。
「わかったよ。任せて」
リオはそう頷く。
「あぁ、それと」
加えて、リディアが付け足した。
「これは急がないのだけど、あなた、貴族に詳しい情報屋を知ってる?」
「もちろん。情報屋は横のつながりも大事だからね。情報交換なんかもできるよ」
「そう」
貴族の情報を知りたい時にも、リオは使えそう。リオを介してやり取りができるのなら、わざわざリリーの姿を見せる必要はないだろう。
「今度、そっちの情報も聞くと思うわ」
「りょーかいっ。待ってるよ、リリーさん」
お金さえもらえればなんでもいい、という彼の思想がわかる。危険だとわかっていながら、その好奇心に乗っかって危険なことをさせている。せめて、彼が危ない目に合わないように。何かあればガレンがすぐに動いてくれるだろうが、それ以上に彼を守るものがほしい。
そのためにも、裏社会で力をつけたい。リディアの野望は、まだまだ止まることを知らなかった。




