14 情報の鳥を自由な籠へ
「やぁ、お姉さん。久しぶりだね」
前回と同じ場所で、彼は店を開いていた。
「そうね。約束の報酬を持ってきたわ」
彼の前に金貨を置く。
「こんなにいいの?」
「この額に見合った情報だったからね」
少年は嬉しそうに受け取り、子どものように目を輝かせる。
「情報ギルドには登録しないの?」
冒険者ギルドと同じように、情報屋をまとめるギルドも存在するはずだ。リディアも最初はそこに依頼しようかと思っていた。
「嫌だね。中抜きされるって聞いてるし」
金貨を嬉しそうに転がしながら、彼はあっけらかんと答える。
ギルドを通すと、どうしても報酬が下がる。依頼者側としてはその分報酬を上乗せしなければいけない上に、公的機関でもあるから裏の取引には向いていない。だからリディアは選ばなかった。
「じゃあ、あなた、わたしに雇われない?」
リディアはそう提案した。
「え?」
きょとんとする彼に、
「あなたはまだ幼いから、好奇心だけで動ける。情報を集め、集めた情報を売るのもね。でも、売られた側はどうかしら。誰から流れたかを調べてその大元を処分することくらい、虫を叩くようにやってのける人は大勢いるわ」
リディアは告げた。彼の顔が歪む。その事実から目を背けるように。
きっと彼もわかっているのだろう。わかっていて、それでも生きるために、こうやって小銭を稼いでいるのだ。
「わたしなら、あなたの好奇心を上手く使えるわ。あなたを守ることだってできる」
だから、リディアは畳みかけた。
「閉じ込めたりはしないわ。あなたはあなたの好きなことをしていい。でも、2つだけ、約束してほしいの」
「……なに?」
彼にとって、きっと閉じ込めることこそ、最大の苦痛だ。自由に飛び回ることを覚えた鳥は、鳥かごには入らないのだから。
「わたしの情報を売らないこと。あなたが得た情報をわたしに売ること。この2つ」
そう。この情報屋として腕のいい少年に、リリーの情報を売られては困る。リリーは正体不明でなくてはいけないのだ。
「守ってくれるなら、対価はきちんと支払うわ」
彼の目に小さな輝きが宿った。
「おもしろいことを言うんだね、お姉さん」
「リリーよ」
迷わず名乗った。偽名の方を。
「リリーさんは、僕が役に立つと思ってる?」
「えぇ。仲間がわたしに教えてくれた情報屋だもの。その界隈では名が知れてるんでしょう?」
「仲間を信頼しているんだね」
後ろに立つガレンの顔は見えない。でも、恥ずかしくはなかった。褒めるのも、感謝するのも、当然のこと。それだけのことをしてくれたのだから。
「おもしろいね」
彼は笑った。
「いいよ。お姉さんに守られてあげる」
ぴんっとはじいた金貨が、空を舞った。
「どうせ退屈してたんだ。たまにはちょっと違うことをしてみるのも、きっとおもしろいよね」
それを聞いて、リディアはさらに金貨を渡す。
「情報を売らないことへの報酬。約束を守ってくれるなら毎月支払うわ。情報料とは別にね」
かなりの額になってしまうが、必要な支出だと思うことにした。リリーの正体が広まるよりはずっといい。
「随分気前がいいね。貴族のバックでもついてるの?」
「ただの平民よ。貴族なんて縁がないわ」
その嘘に、彼は気づくだろうか。
「あなたの名前は?」
「リオ。かっこいい名前だろう?」
得意げなその顔は、まだまだ子ども。こんな子どもでも、生活を守るために命をかけて情報を売るなんて。
「そうね」
軽くそう言って、
「もしよければ、この後食事でもどう? ごちそうするわ」
と誘った。
「いいの?」
「もちろん。ガレンも、いいわよね?」
「あぁ」
ガレンも頷き、リオは嬉しそうに目を輝かせた。
*
「ガレン、この辺りで少し奮発したお店ってどこかしら」
「この辺りか……。北通りの店っていったら、ロードリーじゃないか?」
「え、あのロードリー?」
ガレンが口に出した言葉で、リオがぎょっと驚く。
「どんなお店なの?」
「すっごい高級な食事処だよ! ボクなんて、一生かかっても入れないような!」
「そう。じゃあそこにしましょう」
高級店といっても、下町にあるような店だ。きっと貴族街にあるような料亭ではないだろう。
ガレンの案内でその店に入ると、綺麗に手入れが行き届いた安宿の食堂のような場所だった。
「リリーさん、本当にここでいいの? お金大丈夫?」
「問題ないわ」
これくらいなら大丈夫。さすがに高級料亭で豪遊できる金額では心もとないが、これくらいなら好きなものを食べさせてあげられる。
「じゃあ肉! でっかい肉食いたい!」
「そう。ガレンは?」
「えー……っと……」
ガレンは壁にかかったメニューを見て、
「白パン、と……煮込みかな」
と控えめに注文する。
「あと……ラガーもいいか?」
「えぇ」
普段の安酒エールの、ワンランク上のお酒。質のいいものなら、高級料亭でも売られているようなものを、ガレンは申し訳なさそうに頼んだ。
「リリーは?」
「パンとチーズでいいわ」
「それだけ?」
「お腹が空いてないのよ」
この後帰って家の食事を食べるのだから、あまり多くは食べたくない。それもあって、定番のものだけにしておいた。
穀物の粒が残る黒パンに対して、柔らかい白パンは、平民からすれば高級品。美味しそうに食べるガレンとリオを見ながら、リディアはパンを千切る。パサパサに乾燥したパンは、リディアが普段食べているものとは比べられない。こんなものでも、2人からすれば「憧れのパン」なのだろう。
チーズもざらざらとした舌ざわりで、最高品質のものとは思えない。没落寸前の貴族の食事もそれなりの質を保っていたのだと、リディアは気づかされた。
「んま! こんなでかい肉、初めて食べた!」
「よかったわね」
大声で感動するリオと、ラガーに静かに感動するガレンを見ながら、リディアはパンを口に入れた。
*
ガレンと別れ、貴族街に入って馬車に乗る。
「ブティックに行ってちょうだい」
このお金でドレスを買おう、と思った。今まで父と兄を騙して、ドレスを買わずにいた。
初めて自分で稼いだお金で買った、母のおさがりではないドレスなら、いつもより少しだけ自信が持てる気がした。
*
「おかえりなさいませ」
帰宅すると、執事が出迎えてくれた。
「お兄様は?」
「まだお帰りになっていません」
「そう。じゃあ帰られてから夕食ね。それまで少し休むわ」
「かしこまりました」
執事が恭しく頭を下げ、
「お嬢様、リュセール公爵家からお手紙が来ております」
と差し出してきた。その場で開ける。
「……お茶会のお誘いね」
また見世物にされるのか。落ちこぼれた伯爵家の一人娘が公爵家の嫁になれるはずはないし、その他大勢の令嬢たちと並べられるのだろう。
正直、もう放っておいてほしい。社交界の重要さがわかっているから、誘いは断れない。つまりは、誘わなれなければ自由なのだ。
一人の時間を好むリディアにとって、社交界という場は苦痛でしかないのに。
「参加いたしますと返事を」
「かしこまりました」
誘われたからには、断るわけにはいかない。いつかこれが役に立つ日がくると信じて。
「ドレスを選んでおいて」
侍女にそう指示をした。




