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13 木漏れ日の商談


『お取引のご提案』


 黒いカードに書いたのは、そんな文字だった。必要なのは時間と場所だけ。最後に「お互いにとって素敵な時間になると思います。ぜひいらっしゃいませ」と記して、黒い封筒に入れた。


 ガレンにそれを渡したのは数日前。情報屋から情報を買ったその日のうちに、準備しておいたおそれを渡した。情報を買うまで誰に向けてのものになるかわからなかったため、宛先は書いていない。誰に渡ってもいいように。


 ガレンはちゃんと届けてくれただろうか。傭兵経験のある冒険者とはいえ、裏社会の人間との関わりはほとんどないだろう。その証拠に、おつかいをお願いした時、彼は怖がっていた。


 でも、リディアに忠誠を使う騎士のような人だ。きっとちゃんと届けているはず。それを信じて、リディアは準備を始めた。


 伯爵家の倉庫となっている部屋。探すのは、祖父の鞄。令嬢が持つようなかわいらしいものではなく、魔獣の革を使った高価なもの。少量でも魔力を持っている人が使うと、無限にものが入るという不思議な魔道具だ。


「……あら」

 それを探している中で、祖父の懐中時計が見つかった。王家の紋章が入った高価なもの。きっと褒章か何かでもらったのだろう。これも使えるかもしれない。


「あぁ、あった」

 目的の魔法鞄も見つけ、リディアの準備は整いつつあった。


*


 大きな鞄を手に、馬車を降りた。重さはない。1丁でもずっしりと重みを感じる銃が大量に入っているというのに。魔道具というのは便利なものだ。


「持とうか?」

 門を出たところで、ガレンが手を差し出す。


「いいわよ。重いものでもないし」

 リディアはそう言って、先に歩く。


「怖くないのか?」

 ガレンの声が不思議そうだった。


「ガレンは怖いの?」

 リディアの問いに、彼は口を閉ざす。「怖い」と正直に言えないのは、冒険者だからだろうか。


「めちゃくちゃ強いパーティーを組んでも、ダンジョンを踏破できなかった仲間を知ってるからな」

 彼は静かな声でそう告げた。

「これはダンジョンじゃないわ。ただの商談よ」


「悲願っていう点では一緒だろ。大きなダンジョンを踏破することは、冒険者にとって大きな目標なんだ」

「違うわね」

 リディアは足を止めた。振り返ると、ガレンの驚いた表情が見えた。


「これは、目標じゃない。ただの通過点よ」

「……貴族を壊すための?」

「えぇ」


 迷いはなかった。これは、そのための一歩でしかない。これがゴールではないのだ。


「さすがだな」

 ガレンがハハッと軽く笑った。

「んじゃ、ここで止まってられないな」

「そうよ」


 そして2人は市場から路地に入った。


*


 取引場所は森の中。人気がなく、葉と葉が擦れ合う音だけが響く。木漏れ日だけが照らす薄暗い森の中、リディアの前に男たちが現れた。


 先頭に立つのはしっかりした体格の強面の男性。おそらくこの男がボスだろう。

「ヴィクターさんですか?」


 その後ろにいる男たちももれなく剣で武装している。ほんの一瞬、呼吸のタイミングを間違えただけで、一瞬で首が飛びそうな空気。こちらの武装は、少し後ろに立つガレンの剣一本。以前与えたアッシュラインを隠し持っているかもしれないが、消耗品である弾が残っているとは限らない。


 それでも、リディアは笑った。社交界と同じ、綺麗に作られた笑顔で。


「ようこそお越しくださいました。このような場所で申し訳ございません。まだ店舗を持っていないもので」

 男の目がじっと見据える。その視線は逸れることなく、リディアただひとりに注がれる。


「初めまして。リリーと申します」

 片手でスカートを持ち、軽く広げる。社交界で使うような大げさなものじゃない、もっと簡易的なお辞儀だ。


「ぜひ皆様に使っていただきたい武器がありまして」

 そう言って、鞄を開ける。アッシュラインをひとつ取り出す。


「こちらを」

 鞄を机の代わりにして、差し出した。

「引き金を引くだけで、どんな盾をも貫く。そんな武器ですわ」


 ヴィクターはためらうことなくそれを手に取る。銃身を指でなぞり、よく観察した彼は、引き金に指をかけた。銃口がリディアの頭に向けられる。


 ほぼ同時に、リディアの隣から、ガレンの腕が伸びていた。こちらは銃口をヴィクターに向けていた。


「やめなさい」

 リディアはその場から動かず、声だけでガレンを止める。

「お客様に向けるものではないわ」


 ガレンがわずかに躊躇するのがわかった。でも、リディアには従う。そういう約束だ。


「失礼いたしました」

 そう微笑んで、

「もしよければ、試し撃ちでもいかがですか? ここには的になる木も多いですから」

 と後ろの木を指す。


「大きな音がしますので、他の皆さんは耳を塞いでいた方がいいかと」

 彼らは反応しない。リディアはそれを見て、その場で耳を塞ぐ。


 パァンッ


 鋭い音がした。すぐそばで銃口から煙が出ていた。

 わざわざリディアの後ろにある木を狙うなんて。しかも、木の中央に穴が開いている。初めてでこの精度。実力はあるのだろう。


「いかがですか?」

 それでも、笑顔を崩さない。


「1丁で金貨5枚。初回ですから弾は5発つけますわ。今後は弾も別でお買い求めいただけると嬉しいです」


 そのわざとらしい笑みに、

「身分を明かせ」

 ヴィクターがようやく口を開いた。


「得体のしれない者と取引をする気はない」

「まぁ、身分なんて。そんな大層なものは持っていません。ただの商人です」


 リディアが「ふふっ」と上品に笑って、

「でも」

 とポケットに手を入れる。

「確かな後ろ盾は、ありますわ」


 掲げたのは、あの懐中時計。王家の意匠が彫られたそれは、普通の商人が手に入れられるものではない。それを見て、ヴィクターは頷いた。


「5丁、もらう」

「ありがとうございます」


 鞄からアッシュラインを取り出し、彼に渡す。彼の合図でそばに控えていた男が麻袋を差し出した。中身は金貨25枚。かなりの額だ。


「確かに」

 じゃら、と重い麻袋の中身を確認し、リディアは完璧なカーテシーを送る。

「お買い上げ、ありがとうございました。また招待状をお渡ししますわ」


 彼らは薄暗い木々の間に消えていった。


「……っはぁ」

 その瞬間、隣からため息が聞こえた。


「マジで心臓止まるかと思った」

「止まってないわよ。よかったわね」


 リディアがくすくすと笑う。それを見て、ガレンが

「お前、笑えるんだな」

 と言った。


「どうして?」

「初めてだろ」

「……そうだったかしら」


 確かに、彼の前では笑っていなかったかもしれない。そんな余裕がなかった、というのがきっと正しい。


「楽しかったわ」

 リディアは木漏れ日を見上げながら言った。


「スリルってこういうことを言うのね」

「変なところを楽しむなよ。こっちはずっとハラハラしてたんだぞ」

「あら、そう? わからなかったわ。上手に隠せるのね」


 けろっと笑ってみせると、ガレンは呆れたようにため息をこぼす。


「でも、よく頑張ったわ。銃口を向けた時、脅しにしてはよくできていた」

「脅しっていうか……」


「弾は入ってないんでしょう?」

「いや、入ってる」


 ガレンは銃を振ってみせる。が、そんなものでガラガラと音の鳴るおもちゃのようなものではない。


「使ってないの?」

「まぁ、試しに何度か撃ったくらい。冒険者業は剣があればできるし、これは持ち歩いてただけだな」


 そういうものなのだろうか。それとも、弾が少ないから節約したのだろうか。


「あげるわ。何発くらいいる?」

「いいのか? 商品だろ」

「わたしたちが売る商品について詳しく知っておいて損はないもの。あなたしか使わないんだから」

「まぁ、そうか」


 鞄が弾が入った袋を取り出し、そのまま差し出す。


「こんなに?」

「消耗品だもの」

「金、払った方がいい?」


 袋の中身を見ながら、ガレンは申し訳なさそうに言った。


「別にいいわよ。正規の値段はあなたには払えないでしょう」

「マジ? どれくらい?」

「弾1つで銀貨1枚」


 弾の量産は可能だ。余った素材で作れるし魔力もそこまで消費しないらしく、途方もない数をノエルが作ってくれている。


「うっわ……。まぁ、かろうじて払える」

「儲かってるのね、冒険者って」


 そんなことを話しながら、リディアは歩き出す。


「市場に行きましょう。あの情報屋に報酬をあげなきゃ」


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