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龍の国にて  作者: しし
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5-6 盤上のひととき

5-6 盤上のひととき


貴族たちの謁見が一通り終わり、私は蘇枋にも退席を求めた。

「また明日も参ります」と告げて去る背を見送りながら、私は静かに声をかけた。


「蘇枋、今日もよく務めてくれたな。無理はするなよ」

彼は振り返り、軽く微笑んで応えた。

「ありがとうございます、殿下。殿下のご期待に添えるよう努めるのみです」



大広間には私と清空、そしてアズールの三人だけが残った。

この大広間は長さ二十メートル、幅十メートル。皇太子の自室兼謁見の場として改良されている。

私がいる天幕は大広間の約四分の一を占め、ゆったりとした空間だ。

天幕はアズールのいる方向に大きく開放され、空色の龍は仕切りを越えて悠然と横たわっている。


廊下から私の天幕までは、二重の扉と二重の幕が構える。


まず、廊下と控えの間を隔てる扉、そして控えの間と大広間を隔てる扉。

この控えの間には、貴族の従者や付きの騎士たちが詰めており、騎士が厳重に扉を守っている。


大広間の供用スペースと女官たちの天幕の間には一枚の幕があり、ここで女官が貴族の呼び出しや退席を管理している。

さらに、私の天幕と女官の天幕の間にも幕があり、ここで貴族は簡易なチェックを受け、剣や武器を置いてゆく。

女官長 練がほんのひとときで整えた私の防衛線だ。流石の一言だが、今日はもう疲れた。


夕飯を整えた女官長と女官たちにも、一時控えの間へ下がるよう命じた。

風呂の用意を整えておきますと優雅に一礼して彼女たちは下がっていった。


アズールが大広間から他の人はいなくなったよ

といった瞬間に

私はその場に崩れるように椅子に座った。


一日中、貴族の相手をするのは心底疲れた。


昼休憩はあったが、

蘇枋と共に簡易の謁見の間であまり休憩と言えないものだった。

彼が出してくれた酒も今後の関係のために、躊躇いもなく飲み干して見せた。

龍の村での食事に慣れすぎてしまい、

華美な装飾を施される会話と食事に疲れしかたまらなかった。



その間、アズールと清空は私の簡易自室に仕切られた幕の中で、練が慎重に用意した食事を静かに口にしていた。

私は絆を通じて、無言で彼らに食事を許し、互いの存在を感じ合うだけだった。



昼食は、お二人はたくさん食べられましたよと練に聞いていたが、

清空とアズールが並べられた果物の皿を見て、無邪気に尋ねてきた。

「これ、食べても良い?」

その声に、私は疲れた微笑みで答えた。


「女官長や女官が持ってきたものならば大丈夫だ。

 彼らは皇帝から私の世話を任されている。

 だが貴族の差し入れには手を出すな……何が混ざっているかわからないからな」


食欲のない私は椅子にもたれ、二人が昼に続き夜も変わらず無邪気に果物や夕飯を頬張るのを、なんとなくぼんやりと眺めていた。



アズールがこちらを気にするように、視線を向けた。


「たくさん人間が来たね。

嘘をついている人もたくさんいたね」


「アズール、何か分かるのか?」

私は謁見中、度々アズールが心で『嘘つきー』と伝えてくるのが気になっていた。


「言葉とね、気持ちがかけ離れているときは何となく分かるよ。

言葉の色とその人間の色が全然違うから」


「色?」


「うーん、人間にわかりやすく色って言ったけど、

どう表現してよいか分かんないや

朱映や、俺に対する攻撃性?みたいなのが分かるの。」


「攻撃……」


「すごくね、本人はこっちを攻撃したがってるのに、

言葉はすり寄ってくる人がたまにいたの。

だから『嘘つきー』って朱映に教えたの」


「すごいな、アズールは……、

そういえば、柘榴家の長男の時は言わなかったな」


「初めて見る人間多くて顔の判別できなかった、

誰ー?」


「豪華な礼服を着た、お前を褒めちぎっていた一団の中にいた、

清空に話しかけた男だよ」


「んー?

……分かんない。

でもその時『嘘つき』って言わなかったら、攻撃性はその人間から朱映には向かってなかったってことだよ」


私はアズールからの情報を、頭の中で整理した。

嘘つきとアズールが断じた貴族は警戒すべきだろう。

だが、断じられなかった人間も無条件に信じるべきではない。

本人も知らぬうちに、他人の悪意の駒として私の前に立つこともあり得るだろう……。

だが、明らかな敵が分かるのは充分ありがたい。


「そういえば、その長男さん?は昴烈家の書物を見せてくれるかもって。

思わず飛びついちゃいそうだった」

アズールと私の会話を聞きながら、食事を続けていた清空が思い出したかのように言った。


「柘榴家は、力のある家だ。

神官の儀天家、昴烈家両方と懇意にしていてもおかしくはないが……」


本人は低くても、柘榴家自体は私に対して攻撃性は高いだろう。


「今日、昴烈家は私に挨拶に来なかった。

柘榴家も挨拶に来たのは、長男だけだな。

皇帝の意向を無視してると思われる危険性があるにも関わらず、

対立姿勢を表明したともいえる。

私関連の人間かつ魔法を使う清空が、

昴烈家に直接近付くのはやはり危険、

明確に私への支持を表明した蘇枋家や儀天家に、昴烈家の蔵書への仲介も厳しいとなると、

攻撃性の薄い柘榴家の人間を使うのは、もちろん視野に入れるべきだが……、

最初は危険度の低い場所から手をつけよう、

当初の予定通り蘇枋家に頼る、

儀天家の蔵書を一通り確認した後の話だな」


「了解」


何か口に入れたほうが良いだろう。

アズールと清空が食べる姿に触発されて、私も食事を開始した。


他愛もない言葉を交わし、ようやく今日初めて安らぎを得ていた。


静かなひととき。

だが、この盤上の駒たちに与えられた休息は、長くは続かないだろう。










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