5-5 血香の影
5-5 血香の影
儀天家の順番がやってきた。
朱映の周りには、女官長・練の指示で天幕が張られ、練自身も外に立ち、貴族たちの接近を厳しく制限していた。
儀天家は、女官長に使者を送り、早めに入室を許されたらしい。
(蘇枋はもう天幕の中か……完全に龍付きの皇子側に付いたな。
儀天家も長が龍に興奮していたことから、皇子の味方で間違いない。
昴烈家は挨拶もせず固まったまま去った。
鎖のない龍を受け入れる気性ではなさそうだ。
松柳は――順番を待つだけか。流れに押されるあたり凡庸だな。
そして、皇子の隣の女性は……花か棘か、それとも――毒か)
尚玄は、儀天家の末席として天幕に入った。
「正当なる龍の絆に祝福を捧げます」
儀天家の者たちは長に続き、朱映に深く頭を下げる。
尚玄も頭を下げながら、
心の中で距離の取り方を測っていた。
予想通り、蘇枋が皇子の隣にいる。
ここで無理に近づけば柘榴家と暴露され警戒を招くだろう。
一言挨拶を交わすだけで天幕から出るよう促されるに違いない。
(――ならば、蘇枋から離れた隅に立つ少女と先に接触し、その後龍付きの皇子に挨拶して撤退するのが賢明だ)
列の合間を縫い、尚玄は静かに少女へと近づいた。
「麗しき乙女様、
ご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
(美しいが、どこか田舎の風情を残す少女だ。何を求めて皇子に同行しているのか――)
「清雀と申します。儀天家の方ですか?」
「幼い頃より儀天家にお世話になっております。
末席にて朱映空様への謁見に同行させていただきました、尚玄と申します」
(警戒はやや薄いか――)
「そうですか、儀天家の方と懇意にされているのですね。
儀天家は書物を扱う神官様とお聞きしておりますが、どのような古い書物を管理されていらっしゃるのでしょうか?」
「儀天様の蔵書は、神代の記録から近年の魔術理論まで、数多くございます。ご興味がお有りですか?」
(書物……金や権力ではなく知識を求めに来た? いや、龍と共にいたという。二十年前の残党か? だが十五、六にしか見えぬ。可能性は低いか)
「はい、私も多少の魔法を扱えます。
朱映空様から、帝都には多くの魔法の書があると伺い、それらに触れたくてご一緒いたしました」
「そうでしたか。
よろしければ必要な書物をお教えください。
儀天家の蔵書はもちろん、もう一つの神官・昴烈家の蔵書にも伝手があります。どうぞこの尚玄をお頼りください」
(魔法に興味がある……ただの学者か。
それとも――)
「ご親切に感謝いたします。
ですが、書物は自分で棚から選んで手に取るのが一番です。
多くの中から一冊を探す時間こそ、至高のひとときですから」
「書に心を寄せる方は、確かにそう仰いますね。
無粋でした。
儀天家の蔵書なら朱映空様に頼めば許可が下りるでしょう。
もし昴烈家にもご興味が湧きましたら、この尚玄の名を思い出してください」
(これで十分だ――)
蔵書の話には食いついたが、ただの学士か別の意図かはまだ分からない。
だが、布石は打てた。
尚玄は一礼し、ゆっくりと列へ戻っていく。
天幕の奥では、儀天家の者たちが順番に朱映へ拝謁していた。
列に並びながら目前の巨大な龍を下から眺める。
ふと違和感を感じ、龍の背景の大広間の天井や壁を眺める。
(なぜ、大広間に龍が入れるのだ?
皇帝の白銀の龍は大広間の扉を潜れない、
壁や天井は壊れていない、つまり、皇子の龍は皇帝の龍より随分体格が小さい……
あまりの迫力に気付くのが遅れたな)
すでに儀天家の者の挨拶は尚玄を除けば一人残すのみとなっていた。
(――さて、次か)
列が進み、この天幕の主が見えてくる。
華やかな男が玉座のような椅子に静かに腰掛け、尚玄をまっすぐ見据えた。
背後の龍も朱色の瞳で射抜いてくる――
ぞっとする歓喜が体を震わせた。
(これが龍付きの皇子。想像以上だ)
◆◆◆
儀天家の末席につき、先ほど清雀に話しかけていた青年が私の前に進み出てきた。
歓喜したような表情をその柔和そうな顔に浮かべている。
蘇枋が一瞬動きを止め、囁くように私に伝えた。
「柘榴家の長子です」
私はなんとか笑顔を保つ。
近づくなと清雀に警告した家の者が、目の前にいる。
「まさか儀天家と共に来るとは思わなかった。
不躾ではないか」
「申し訳ありません、朱映空様。
私は柘榴家の長子、尚玄と申します。
儀天様には幼少よりお世話になっており、
父の名代でもない私が朱映空様に拝謁できる立場ではないと承知の上で、
正当なる龍の絆を持つお姿を一目見たいとこちらに来てしまいました。
どうか寛大な御心を、
お許しください」
柔和な顔が困惑の色を浮かべてこちらを見る。
私は敗北感を押し殺し、冷静に答えた。
「皆の忠節は承知している。
許す。
儀天と共に下がれ。」
今後のボレアル救出に向け、儀天家の協力は不可欠だ。
儀天の許可が出た以上、この尚玄を受け入れるしかない。
彼の存在からは、柘榴家の甘美な香りと深い闇が漂うように感じられた。




