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龍の国にて  作者: しし
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5-2 暗躍

5-2 暗躍


私の帰還は、王宮内に混乱をもたらした。


女官長・練梓珠は、私たちを中庭から続く大広間へと案内する。

天井は高く、柱は白金に彩られ、赤と金の織物が床を覆っていた。

巨大なアズールがそのまま入れる広間は、王宮でも唯一ここだけ。想定通りだった。


練は無駄のない所作で女官たちに指示を飛ばす。

彼女たちは慌ただしく動き、私と清空のための椅子や敷物を次々に用意していく。


漆塗りの重厚な椅子には、金糸で縁取られた深紅の絹座布団。

足元には毛足の長い青い絨毯。まるで玉座を演出するかのようだった。


「朱映空様。

ただ今より、我が主・泰威空帝をお呼びしてまいります。

しばらくこちらでお待ちくださいませ。女官が側に控えておりますので、何なりとお申し付けください」


隣の机には、銀器に盛られた果物や冷たい飲み物が整然と並ぶ。

女官たちは次々と出入りし、すべてを滞りなく整えていく。


私は姿勢を正し、静かに椅子に腰を下ろす。

尊大に、堂々と……皇子としてこの場に戻ったことを、誰の目にも焼きつけるために。


その時、視界の端に捉えたのは、桂花直属の女官・紗鶴。

さすが王宮内に深く食い込む存在。噂を嗅ぎつけるのも誰より早い。

彼女はすでに踵を返し、足早に広間を去ろうとしていた。

私はアズールの傍らに立つ清空と目を交わした。


清空は小さく頷き、人波に逆らいながら大広間からでてゆく女官の背を一瞬見つめた。



私は、隣の卓に置かれた杯に手を伸ばした。

この場に差し出されたものに、毒が盛られていても不思議ではない。

だが今は――

皇子としての威厳を保ち、この場に“在る”ことこそがすべてだった。


私は味も香りもわからぬまま杯を飲み干し、

表情ひとつ変えず喧騒の中に静かに座り続けた。



◆◆◆ 


女官長 練の指示に従い、皇子の為の調度が整えられつつあるのを見届けると、

紗鶴は大広間を出た。

現在これ以上得られる情報は少なく、それならば一旦報告に戻り、皇帝が大広間に入る前にまた戻れば良いと判断したためだった。

全て回るのは無理ね、最優先すべき人物を頭に思い浮かべ、迷いなく廊下を進む。

向かうのは桂花の私室ではなく――柘榴家の家人が控える一角だった。


「朱映様……意外とお顔、整ってたのねぇ」


通り過ぎた女官の背に、誰に聞かせるともなく軽口をこぼす。

大広間に現れた“深紅の皇子”、

女官長 練が準備した調度はまるで皇帝に使われてもおかしくないほどの一級品だった。

昨日までの桂花、蒼識空親子の一強状態では確実になくなるだろう。

だが柘榴家がどのような反応を示すのか……まだ読めない。


桂花の政敵が本格的に舞台へ戻った今、保留にしていた蒼識空の“影武者”計画を急がねばなるまい。

勝敗は決まっていない、今はまだ桂花に寄り添う事も必要だろう。


(忙しいこと……)


ため息をついた後、口元に笑みを浮かべる。

その表情の奥で、思考だけは冷たく回っていた。


(……美しさで言えば、蒼識様より朱映様かしらね。

 ……殺すのは、少し惜しいかも)


角を曲がり、すれ違う女官に軽く微笑み、会釈を返す。

誰に何を伝え、誰を動かすべきか……思考を巡らせながら、歩みは止まらない。


(まぁ、まずは柘榴様のご判断待ちね)


目的の扉の前で足を止め、扉の鈴を鳴らす。

顔の笑みを丁寧に整えながら、彼女はそのまま扉の向こうへと消えていった。


 

◆◆◆


薄明るい朝の光が差し込む室内で、柘榴家長子・尚玄は部屋着のまま紗鶴を迎えた。

朱映、龍、女官長の様子を聞きながら、自身の支度を整えてゆく。


「ふふ……鎖のない龍を連れての帰還とは、面白くなってきたな」


尚玄は帯を締め直しながら、愉快そうに口を開いた。


「昴烈殿と桂花様に報告を。

少し気をつけねばならぬと、忠告も添えてやるがいい」


紗鶴は膝を折り、仮初の主に挨拶をしてから、指示を遂行すべく部屋から足早に去った。



紗鶴が去った部屋の中で尚玄は文箱の捺印のない手紙を一瞥し、それを破って火に焚べた。


(紗鶴は使える人材だが、気をつけねばこちらが駒にされる。

彼女の情報だけを盲信せず、私自身の目でも龍付きの皇子を確認すべきだが……

家名を出した謁見で果たして必要な情報を揃えることが出来るか……)


手紙が燃えるのを眺めながら彼は少し考え、

自室を出て大広間ではなく、古い書物を保管する神官・儀天家の居室に向かって歩き出した。

幼い頃より書庫に通い、顔を知っているあの老賢者が、

自身を慕う人間には甘いことを尚玄は知っていた。


そして建国王を未だ慕う一族が、

建国王の再来のような絆を持ち、龍を連れてきた皇子を無視するはずがないと確信していた



未だ太陽は昇りきらず、

早朝の澄んだ空気の中、人々のざわめきが遠くから聞こえる。

人通りの増す廊下を歩きながら、

まるで楽しみな宴に向かう子供のような、無邪気な笑顔を浮かべていた。


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