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龍の国にて  作者: しし
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4-3 過去の誓い


4-3過去の誓い


「――建国王の、不戦の誓いじゃ」


長の低く落ち着いた声が、集会所の石壁にゆっくりと染み込んでいく。


私たちは黙ったまま、その語りに耳を傾けていた。


「知らぬ者もおるまいが、年若き者もこの場にはおる。一度、龍の村の起源を語っておこうか」


「龍は、もとよりこの世界において圧倒的な強者であった。ゆえに他種族との競争も不要で、代わりに“知”を深める文化が育った。龍は己が興味を持ったものを一生かけて研究する。その成果は種を超えて共有され、それこそが龍の誇りであり、本質だった」


長は天井を仰ぎ、目を閉じる。


「研究対象はさまざまだ。植物、魚類、昆虫、鉱物、気象、感情……そして人間も、数ある対象のひとつにすぎん。人間を選んだ龍もおったが、それはごく一部じゃ」


私は自然と、アズールの顔を思い浮かべた。彼は人間の身体能力を追究し、ルスカは味覚や感覚、オーリスは欲望に関心を寄せていた。同じ“人間”を選んでも、龍ごとに探求の角度は異なる。


「だが、かつて“人間の死”を研究対象とした龍がいた。人間がどう死ぬのか。その問いに答えを得るためだけに、そやつは何の罪もない者たちを次々に殺していった。抵抗すらできぬまま、命は踏みにじられた」


私は唇を噛みしめた。

その記録を私は文献で知っている。けれど、長の言葉は文字よりも重く、生きた証言のように心に響いた。


「他の龍たちは、動かなかった。どんな研究であろうと関係ない――そう考えておった。中には『彼は熱心な研究者だ』と擁護する者すらおったのじゃ」


そんな中で――と、長はゆっくりとこちらを見やる。


「たった一人、殺戮を止めようと声を上げた人間がいた。のちの“建国王”と呼ばれる者だ」


私は小さく息をのんだ。


「彼は龍たちに訴えた。

『このままでは人間が絶滅する。

ひとつ、この世から研究対象が失われては、あなたたちにとっても損失ではないか』――とな。


その言葉に応じたのは、ただ一体の龍だった。その龍は王と“絆”を結び、共に殺戮の龍を討ったのじゃ」


その一件は、歴史を変えた。


「以後、龍は人間を無意味に傷つけることをやめた。代わりに、人間が研究に協力することで共存を図った。それが“建国王の不戦の誓い”であり、ここ“龍の村”の起源でもある」


長はそこで言葉を切り、静かに息を吐いた。


「……じゃが、今やその誓いは、風前の灯火じゃ」


私の胸が締めつけられる。


「人間が、龍を捕らえ、殺すようになった。そして殺されているのは、“人間に友好的だった龍”ばかりなのじゃ。人間を研究対象に選んだがゆえに、標的となっておる」


長の声が、わずかに揺れた。


「人間に興味のなかった龍たちは、最初は静観しておった。『どんな油断をしたのか』と冷ややかに見ていた。

だが今や、人間の不殺を訴えていた龍たちが、ひとり、またひとりと命を落としておる」


長のまなざしが、重く私を射抜く。場に沈黙が満ちていく。


「帝国も愚かよ、

だが、彼奴等は最初は龍との共存ではなく、自立を望んだ者たちだった

だが怖くなったのだろうよ

多くの人間が龍によって殺された記憶だけが強く残り、龍との対話を過去の遺物、夢物語としてしまった


そして龍に対抗する手段として

龍を、兵器にすることを思いついたのだよ。

愚かだ。臆病者が、知恵をおかしな方向に使おって……」



「……いずれ、龍が種としての誇りと尊厳を守るために、人間を殺し始める日が来るかもしれん。

そうなれば、もはや誰にも止められん」



私は何も言えなかった。


心の奥底にじわじわと広がっていく焦燥と恐怖を、ただ呑み込むしかなかった。


――“不戦の誓い”は、もはや過去のものだ。

ボレアルが殺されれば、それは完全に崩れる。


私たちに残された時間は……ほんのわずかしかなかった。







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