4-2 諍い
4−2 諍い
派閥の有力者と長が顔を揃える、集会所。
飛び交う怒声に飲まれぬよう、私は一歩前に出て声を張った。
「私がこの村に来たとき、弟の蒼識空は十四歳でした。今は十七歳。来年には、きっと彼にも龍捕獲の命が下されるでしょう。
だからこそ、動くなら今しかありません。
――決断の時です」
“蒼識空を立てる”などという、不安定な案ではこの場は動かせない。
策は後から詰め直せる。真実かどうかではない。
――必要なのは、納得だ。
少し息を整え、私は宣言した。
「アズール、清空と共に帝都へ戻り、私は皇帝となります。
そして、帝国による龍の支配を終わらせます」
その瞬間、場がざわつく。
静かに頷く者もいれば、激しく席を蹴って立ち上がる者もいる。
殲滅派の壮年の男が、怒りの声を張り上げた。
「たった一年で何ができる! 玉稿と同じ過ちを繰り返す気か? お前も村に死を呼ぶ気か!」
次々に怒号が飛ぶ。
「もう交渉なんか通用しない! 帝都ごと潰すしかない!」
その叫びに、中立派の老女が唸るように応じた。
「帝都を潰して、その先は? 龍がどう動くか分かっているのかい?」
「龍は我々の味方だろうが!」と殲滅派が食ってかかる。
老女は鼻で笑った。
「“味方”なんて都合のいい言葉さ。
ボレアルが殺されたら、その瞬間、味方も敵もなくなるよ。
人間という存在そのものが、龍にとって『滅ぼすべき敵』になる。誰一人、例外じゃなくなる」
「我々は龍の協力者だ!」
「その“協力者”って主張を、龍がもう一度信じてくれるとでも?
今、この惨状を見て、それが通じると思うのかい?」
議論はさらに白熱していく。
この場をまとめる言葉を、私は持ち合わせていなかった。
ただ、歯を食いしばって耳を傾けるしかない。
「また村から若者を死地に送るつもりか!」
「甘いことを言っていると、帝国にやられる前に、こっちから潰すしかなくなるぞ!」
その時、今まで黙っていた穏健派の男が、ぽつりと口を開いた。
「……ギスギスしてるのは、誤解のせいかもしれないさ。
龍の怒りの深さを、帝国にちゃんと伝えられれば……分かってくれる奴らだっているはずだ」
「対話だと? この期に及んで、何を夢見てる!」と怒声が飛ぶ。
それでも男は、静かに続ける。
「帝都の学者たちだって、魔法が龍由来の技術だって理解してる。
それを使って龍を捕まえるなんて、正気の沙汰じゃない。
あれは一部の過激な連中の暴走だ」
「百五十年だぞ! 百五十年も奴らは龍狩りを続けてきた!
もう十分、時間は与えたはずだ!」
その瞬間、梨花が立ち上がった。
「もうやめてよ! こんなの、ただの怒鳴り合いじゃない!」
けれどその声も、あっという間に新たな怒声にかき消される。
梨花は唇を噛み、席に戻ると机を睨みつけた。
私は、発言をする一人ひとりの顔を、見つめた。
この空気を変える機会があるはずだった。
やがて言葉を尽くしたように、沈黙が訪れた。
私は清空に視線を送る。清空も頷く。
――同じ主張を別の口から出すことで、“一意見”ではないと印象づける。
清空が前に出る。長の前に立ち、まっすぐな声で言った。
「……一度だけ、やらせてください」
「命を軽んじる気はありません。でも……ボレアルを助けにも行かず、この村でただ生きるなんて、私にはできない」
会場が水を打ったように静まりかえる。
しばらくの間を置いて、長が口を開いた。
「……やってみな」
私は思わず顔を上げた。
だがその眼差しは、どこか遠くを見つめていて、思いのほか静かだった。
「ただし――一年は待てんよ」
「……村長?」
長は静かに、しかし重く続けた。
「もうこれ以上、龍が捕まる事態は避けねばならん。
お前たちがやれぬなら……それも仕方ない。
その時は、龍が帝都を火の海に変えることになるだろう」
殲滅派の面々がどよめき、どこか嬉しげにざわめいた。
一方、中立派と穏健派の者たちは、言葉を失ったように目を伏せる。
長の声が、ゆっくりと広がっていく。
「この百五十年で、帝国に殺された龍は五体。
ボレアルが死ねば、六体目になる。
建国王と龍との“不戦の誓い”は……もはや、完全に破られたことになるだろうな」
“建国王”――
その言葉を、この村で耳にするとは思わなかった。
私はただ、長の言葉を呆然と聞き続けていた。




